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ペトリコールに融けるふたり  作者: 白い黒猫
永遠の世界

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26/60

期間限定イベントの開始

 画面の向こうに、切れ長の目をした落ち着いた雰囲気の男性が映る。


『はじめまして。2018年の核ルーパーの日廻(ひまわり)永遠(とわ)です』


 建築家と聞いて、マッチョなタイプを想像していたが、彼はどちらかというと繊細で芸術家肌の雰囲気だった。

 斬新なデザインの建築で知られる人物だけに、顔を合わせてみて妙に納得してしまう。


「はじめまして。私は井上称央子(なおこ)、隣が井上舞。

 2028年のルーパーです。日廻さんとこうしてお会いできて光栄です」


 私の挨拶に、日廻永遠は穏やかな笑みを返してくれる。

 ファーストクラスとはいえ飛行機の中。辛いだろうなと思うが一様に陽気だった。

 メンバーたちは交代で顔だけを画面に映して、順番に挨拶してくる。

 一人除いて全員が外国人なので、私とマイちゃんはなけなしの英語力で簡単な挨拶を返す。

 精神科医だという小太りで人の良さそうなミラー、軍人の黒人男性ウォーレン、青い目が印象的なフランス人外交官のフランツ、CAのリンダとキャシー。

 ルーパーは全部で9人だったと聞いていたが、挨拶してきたのは6人だけ。

 残りの3人が気になったが、今はまだ聞くのを躊躇われた。

 土岐野(めぐる)は、初対面のときわざわざ髪を染めていたようだが、今日は黒髪に戻していた。

 新しい仲間である私たちを歓迎してくれているのは伝わってくる。歓迎というより、ちょっとしたアイドルになったような気さえした。

 AI翻訳を利用しているのだが、その精度にも皆が感動している様子だった。日廻と佐藤、そして土岐野、外交官のフランツは日本語がわかるとはいえ、会話の多くは私たち以外にとっては外国語。AI翻訳の存在には、本当に助けられている。

 自己紹介と、この現象についての簡単な再確認。真面目な話になると、場の空気も落ち着き、少しホッとする。


『そういえば、ナオコさんたちは、ループ現象に入ってどのくらいなんですか?』


 話がひと段落したところで、土岐野が打ち合わせ通りに質問してくる。


「今日で121日目です」


 そう答えながら、マイちゃんと目を合わせて頷く。


「ということは……まだ一年経ってない、ということか」


 土岐野の言葉にマイちゃんがハッとしたように口を開く。


「あの、もしかして……244日後に、次のルーパーが誕生するってこと!?」


 佐藤と日廻の目が見開かれる。彼らにとって、私たちは初めて出会う“最新のルーパー”なのだ。果たして、どう考えるのか。


 日廻が機内のメンバーに英語で説明を始める。それに佐藤と土岐野も加わる。


 土岐野が、私のほうに向き直って話しかけてくる。どうやら打ち合わせ通り、話の流れを誘導してくれているようだ。


『そういえば称央子さんって、お仕事は何を? 何かキーアイテムになりそうなものとかあります?』


 私とマイちゃんは顔を見合わせて、わざと少し悩むそぶりを見せる。


「ナオコさんの場合、キーアイテムになりそうなものが世の中に溢れすぎてて、逆にヤバいのでは……?」


 マイちゃんが、恐る恐るという感じでそう答える。こないだ佐藤に食ってかかったときもそうだったが、なかなかの演技力であるようだ。


 私の計画を話した時、マイちゃんは思いのほか喜び、ノリノリで協力を申し出てくれた。


『溢れてる……とは?』


 日廻が不思議そうに聞いてくる。彼が私たちと話している間、フランツが他のメンバーに通訳している声が背景にかすかに聞こえてくる。


「私、作家なんです。事故に巻き込まれた時、クモンメイカが表紙を描いた私の本で現象が始まったんです。そうなると、もし私の本が“媒体”としてループ現象に関わっているとしたら……」


『え、ナオコさんって、もしかして……時雨結なの?』


 土岐野が驚いたように目を見開く。私は静かに頷いた。あえてリアクションを自然にしてもらうため、彼にはまだ職業を伝えていなかった。


「失礼ですが……ペンネーム、教えてもらえますか?」


 フランツが聞いてくる。


「時雨結です。“時雨”に……時に雨でシグレ、それに“結ぶ”と書いて」


 飛行機のメンバーもスマホなどで検索を始めているらしい。2018年はちょうど、私の作品がアニメ化され、ヒットしていた頃だ。日廻が補足で説明してくれているようだ。


『She is an extremely popular author, and her work has even been adapted into an anime.(超人気作家ですよ。しかもアニメ化もされている)』


 土岐野が英語で私のことをそう説明してくれている。翻訳では追いつけない部分もあるが、彼らの表情から、関心の高まりが伝わってくる。

 途中途中で、土岐野や佐藤が私たちに状況を補足してくれる。私とマイちゃんが置いてけぼりにならないように、配慮してくれているのが分かって、ありがたかった。

 佐藤と土岐野は、何とかして次の犠牲者となる人を救いたいと言ってくれた。飛行機のメンバーも、「次のルーパーの発生を阻止することで、現象が終わるのでは?」という希望を見せている。

 目的は微妙に異なるが、どちらのグループも「次のループ発生の阻止」という一点で一致したようだった。

 現時点の情報と条件では、未来予測はかなり難しい。でも、ダメでもともと、成功したら儲けもの。

 こうして、ルーパーたちにとって最高に楽しい「期間限定イベント」が始まることになった。

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