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ペトリコールに融けるふたり  作者: 白い黒猫
永遠の世界

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25/49

同調者

 12時を過ぎて目を覚ますと、マイちゃんからLINEが届いていた。

 昨日の私の不自然なやり取りを見て、気になるのは当然だろう。

 通話モードに切り替え、スマホを片手にキッチンへ。飲み物を取りに行きながらマイちゃんに声をかけた。


「マイちゃん、おはよう〜。昨日は色々ありがとう」


『おはようございます! ところで、昨日はなぜ情報を二人に出し渋ったんですか?』


 私はソファで寝ていたせいで凝っていた肩を軽く回しながら答える。


「それはね、土岐野さんにそうしてほしいって頼まれたからなの」


『え? なんでですか?』


「たぶん、佐藤さんや飛行機のメンバーのためかな」


 土岐野(ときの)(めぐる)のあの目を思い出す。同じ結論に至った者同士の目線だった。


「おそらく、彼らはこの状況にかなり疲れているのだと思う。

 聞かせてもらった情報がすべてだとすると、2020年以降の記録は見つからず、調査は長期間難航していた。

 だからこそ、私たちとの接触が、久々に現れた『進展』に見えたんだと思う」


『なるほど。だから情報を小出しにして、彼らが検証や推理を楽しめる時間を稼ぐってことですね』


 察しのいいマイちゃんはすぐに理解してくれた。


「そういえば、昨日マイちゃんが見つけてくれた2021年の事件──ビンゴだったよ。

 常世村で見た外国人は、やっぱりライフォード・ダインだった」


 私はタブレットで彼の名前を検索する。

 人気のサーファーで、カリフォルニアとハワイに自分のブランドショップを持っていた。誕生日はやはり11月11日。

 彼が監修したサーフボード、アロハシャツやTシャツ、キーホルダーなども販売されていている。

 あのとき常世村で彼が自分のグッズを身につけていたから、私にも姿が見えたのだろう。


『ライフォード・ダインをナオコさんが見かけた場所、11番地だったんですね。そしてあのスタバも1−11番地』


「うん、だからやたらエンカウント率が高いのは、マイちゃんの縁結びのお守りの効果じゃなくて、そっちだったのかも」


『ちょっと〜! 私のお守りは“良縁”を結ぶもので、変なの引っ張ってきたりしませんよ〜!』


 マイちゃんの明るい声に、私は思わず笑ってしまった。



 6時を少し過ぎたころ、土岐野からLINEの着信があった。しかも動画通話。

 すっぴんに部屋着のままだった私は、思わず通話ボタンではなく、赤い×マークを押してしまう。

 そしてすぐに音声通話でかけ直した。


『おはようございます! 電話切られちゃったから慌てましたよ』


 土岐野の声が響く。


「この時間に女性に顔出しさせるのは、ちょっとデリカシーに欠けますよ」


『それは失礼しました。

 そういえば俺も起きたばかりで、髪ボサボサで部屋着で人様に会える格好ではありませんでした』


 ここで、まさか裸ですか? とか言ってくるような人じゃなくてよかった。


「昨日はお疲れさまでした」


『こちらこそ。そして色々配慮してくれて、ありがとうございます』


 私は通話を続けながら、氷を入れたグラスにコーヒーマシンで淹れたばかりのコーヒーを注ぐ。


「状況を察して、あの形で話をしたんですが、大丈夫でしたか?」


『バッチリです。宙さんの目にも光が戻っていたし、飛行機組もかなり喜んでいたようです。

 ……ところで──』


 土岐野はそこで一瞬黙った。


「どうかしました?」


 私は声のトーンを少し柔らかくして促す。


『……あなたは、この世界をどう見ていますか?

 そして……俺たちが“生きて”解放される未来があると思いますか?』


 かなりストレートな問いだ。

 でも、私はなぜか彼には答えられる気がした。


「私は……たぶん、私たちは未来に進むことができず、世界に取り残された存在なんだと思う」


『というと?』


「生きて解放されることも、死んで解放されることもない。多分。

 ……改めて“死んでみたこと”はないけど……」


『俺は、何度か試してみたことがあります。けど、変わりませんでした』


 さらりと語られたその言葉の奥に、彼の苦悩と諦めが滲んでいた。


「佐藤さんや、他の仲間はどう思ってるの?」


『……皆、脱出の道を模索してるよ。

 特に飛行機のメンバーは、ずっと閉ざされた空間にいるから、外の世界への想いが強い。

 でも俺には、それが“未来があると信じたい”という希望に、必死に縋ってるように見える。

 頭のいい人たちばかりだから、本当は気づいていると思うんだ。でも、それを無意識に否定してる』


「そうなのね……」


 それ以上、言葉が出なかった。


「ところで、飛行機の人って――なんで“飛行機に乗らない”という選択をしないの? 搭乗は前日よね? 毎回、墜落する飛行機にわざわざ乗らなくてもいいんじゃない?」


『元々時間の歪みを作ってしまう飛行機での移動中のせいか、時間の概念がバグってるんだ。

 実際、彼らが飛行機に乗ったのは7月11日の日本時間の9時前後なんだ。なのにループして戻るのは、飛行中の機内なんだよ』


 土岐野は言いづらそうに答えてくる。


「え?」


 そこまで聞いて、ハッとする。

 死を回避している私たちと違い、彼らは毎回“墜落の恐怖”を味わわなければならないのだ。ゾッとする。


『理論は分からない。飛行機に何かが起こった場所の“時間”で計算されてしまうのかもしれない』


「……ということは、1日が11時間くらいしかないってこと?」


『それがまた変でね。彼らの1日は約19時間ある。時差分がプラスになっているんじゃないか、というのが今の有力な説なんだ』


 自由に動ける私たちとは違い、かなり過酷な環境だ。


「それで毎日、墜落の恐怖を体験しないといけないの?!」


『え? 墜落なの?』


「海中から機体の一部が発見されているの。だから“何らかのトラブルで墜落した”と考えられているのよ」


 ブラックボックスも見つかったようだが、何かあったという音声もなく、突然プッツリ途切れている。何が起こったのかは謎のままだ。


『彼ら自身も、何が起こったのか分からないそうだ。ただ、その時間になると眩しい光で世界が真っ白に染まって、次のループに突入するらしい。だから“怖い思いはしていない”のが、せめてもの救いだと言っていた。

 それで、日本時間で6時11分から23時半ごろまでは彼らと通話できないんだ』


 もうそういうものだと慣れてしまっているのか、土岐野は平然と説明する。

 私は何とコメントしてよいか分からず、頭の中で必死に状況を整理する。

 そして、ふと気づいた。


「……ホワイトアウトなの? 飛行機の人たちは。私はブラックアウトで日が切り替わるんだけど」


 私の疑問に、思わず「あっ」という声が上がる。


『そういえばそうだね。俺もブラックアウトで日が切り替わる。その違いって何なんだろうね』


 私に聞かれても答えられるわけもなく、しばし沈黙が降りる。

 そんな空気を変えようとしてくれたのだろう。土岐野は話題を変えてくる。


『……あの、舞さんはどうなんです?』


 私は少し息を整えてから答える。


「分からない。あの子は明るくて前向きだから、この状況にそこまで苦しんでいないようにも見える。

 でも、それは絶望しそうな自分をごまかすための明るさかもしれない。どちらなのかがまだ読めない。

 だから一緒に謎解きをしながら、少しずつ様子を見てるところ」


『……悩ましいよね。色々』


 ふふ。二人して、小さく笑ってしまった。


「ところで、どのタイミングで情報を与えていくか、相談した方がいい?」


『相談してくれるなら嬉しいよ。

 ……ところで、貴方がたが持ってる情報って、どのくらいあるの?』


 私は頭の中で流れを整理してから、丁寧に説明を始めることにする。


「私の前の年のルーパーが、貢門命架であることは伝えましたよね。

 その前の年は、命華のストーカーでもあった画家・不死原渉夢。そして、その前の年は──彫刻家の十一残刻」


『え、トカズ?! まさかあの十一家の人ですか?』


 土岐野にとっては、社の上層部一族である“十一家”の名は相当インパクトがあるようだ。


「そう本家の三男みたい。十一残刻さんは、7月11日。台風で飛ばされた看板が直撃して、近くにいた女子大生と共に死亡。

 翌年、彼の彫刻が置かれた崖で、今度は不死原渉夢さんが観光客と一緒に死亡。

 さらにその翌年──彼が描いた壁画の前で、貢門命架が竜巻の破片に当たって死亡。そして私たち……って流れ」


『うちの社長一族……一番巻き込まれそうな名前だもんな……』


 土岐野の小さな声が聞こえる。


「あと、2021年のルーパーも確定してます」


『えっ!』


 そこはやっぱり気になるところらしい。


「沖縄で開催された“ニシムクサムライ十一号店”でのイベントに参加していたサーファー、ライフォード・ダインがそう。

 実は私、一度彼とニアミスしてます。常世村という観光地で。

 そのときは普通に観光客にしか見えなかったんだけど、後で写真に写ってなかったのと、マイちゃんには見えていなかったことから、気がついたの」


 彼がその場にいたのは間違いない。

 だけど、会話は交わせなかった。……いや、交わせなたら、どういう展開になっていたのだろうか? と今になって思う。


『……称央子さん。あなた何者?

 なんでそんな短期間でそんなに展開していて情報集められてるの?』


「平凡なアラサー女ですよ。

 この現象、後の人の方が有利な構造になってるでしょ。それに私は前の流れが見えやすいパターンだったから。

 ネットで調べれば割と簡単にわかるし。あとマイちゃんがそういう情報収集が上手くて先にいつも見つけてきてくれるの」


『もしかしてお二人はエンジニア系?』


「いえいえ。今の時代、AIで自動収集できますし」


『……わー、すごいジェネレーションギャップ……浦島太郎か俺……』


 私は思わず吹き出した。


「ところで、今後どの方向性に話を持っていきましょうか?」


 少し沈黙があった。悩んでいるのかもしれない。


『うーん……今のところ、俺たちの中で接触可能な中で一番古い時代にいるのは、宙さんなんだ。

 だから“もっと楽に集まれるためのキーアイテム”を探すのが優先事項かな』


「佐藤さんが何か描いた絵を持っていれば会えるとか、そんな簡単な話だといいんだけど」


『おっ、それいいな。宙さん絵うまいのかな。気になるし、楽しそうだからお願いしてみようかな』


 本当に佐藤宙のことが好きなんだな、この人。彼の話になると、ちょっと無邪気になる。


「でも、それって・……“私たちが会いやすくなるため”の模索であって、飛行機組にはあまり楽しくない話ですよね。

 ……そこで提案なんだけど、あと数ヶ月分は、みんなで楽しめそうなアイデアがあるんだ」


 私はそう言いながら、隣に置いていたノートパソコンへと視線を向けた。

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