リモート会議? 飲み会?
「井上様
昨日はお疲れ様でした。お目にかかれて大変光栄でした。
本日の会合ですが、予定通りニシムクサムライTOKYOの同じ席にて実施したく存じます。
また、当方のルーパー(2020年)も同席させていただければと考えております。
彼は事情によりニシムクサムライTOKYOには参れませんため、リモートでの参加となります。
井上様は、お仲間の方とお二人でのご参加でよろしいでしょうか。
私と仲間のルーパー一同、お二人にお目にかかれるのを楽しみにしております。
ご確認のほど、よろしくお願い申し上げます。」
八時半、佐藤宙からXのDMが届いた。
思いっきりビジネス調な文章に、思わず笑ってしまう。
もっとも馴れ馴れしく来られても困るし、これくらいの距離感が正解なのかもしれない。
「佐藤様
ご連絡ありがとうございます。
当方からも二名参加させていただきます。何卒よろしくお願いいたします。
お目にかかれますことを、心より楽しみにしております。
それでは、夕刻にお会いできますことをお待ち申し上げております」
同じトーンで返信しておく。
やはり佐藤宙は、他の年のルーパーと繋がっていた。
私とマイちゃんは“新人”ということで、佐藤宙と2020年のルーパーが代表として現れるのだろうか?
マイちゃんにも連絡が来ていないか確認した後、ネットで佐藤宙について調べてみる。
いわゆる「一般人」ということで見つかったのはFacebookのページと、「Medio del Mondo」というタワーマンションで発生した竜巻事故に関する情報のみ。
そのマンションは、巨大な交差点の角に四本建てられた斬新なデザインで話題となっていた。
突如発生した竜巻に2台の車が巻き込まれ、乗っていた3人が死亡したという。
犠牲者の一人が佐藤宙。そして同乗していた部下・高橋今日子。もう一台には鈴木天史が乗っていた。
では、2020年のルーパーは誰なのか?
「2020年7月11日 事故」で検索すると、「ニシムクサムライ零号店での事故」がヒットする。
コンセプトプロデューサーである土岐野廻という人物が、イベント準備中の事故で死亡したとある。
たぶん、彼のことだろう。
もう少し調べようと思っていたところに電話がかかってくる。
『ナオコさ〜ん! 今夜の席、アッシがおさえておきましたぜ!』
「マイ、よくやった。褒美は何が良いか?」
つい、マイちゃんのノリに付き合ってしまう。電話の向こうでプフフと笑う声が聞こえた。
『ご褒美♡なんて甘美な響き♪ ならば今日、デートしましょう♪』
……いつものように、過ごすということか。
「外は相変わらず雨だけどね〜」
窓の外を見ると、まるで滝のような土砂降り。
この日を何度も繰り返しているから、雨を避けるルートは分かるけれど、蒸し暑さは変わらない。
今日は銀座で待ち合わせることにした。マイちゃんが買い物をしたいと言い出したのと、ニシムクサムライTOKYOに近いから。
マイちゃん曰く「舐められない格好が必要」とのことで、大人っぽくシックな装いに、バッチリとメイクを施されて会合に挑むことになった。
昨日と同じ十一番テーブルに案内されると、佐藤はすでに到着しており、私に向かって軽く手を挙げた。
彼は今日は背広ではなく、黒の襟付きシャツにグレーのサマージャケットという私服姿だった。
「景色を見たいから」との理由で、佐藤宙のいない側に席をずらしてもらい、改めて向かい合うことになる。
やはりというべきか、物理的に握手を交わすことはできなかった。だが、それは佐藤も想定していたのか、特に驚いた様子はなかった。
「ツレが遅れているようなので、先にワインでも楽しむことにします」
佐藤は、一人でテーブルに座るのが気まずかったのか、「連れが来る」体でウェイターに注文をしていた。
私たちもワインとつまみを頼み、双方のテーブルに飲み物と軽食がそろった段階で、改めて向き合う。
「今日は来てくださって、ありがとうございます」
そう言いながら佐藤はタブレットを操作し、リモート会議室をセットする。
マイちゃんも自分のタブレットで参加しようとしたが、なぜか入室できず、私の端末からログインすることになった。
画面には、マイちゃんと私の姿が並び、もう一つの画面には佐藤宙の映像が映し出される。
「どうも、井上舞で〜す♪」
マイちゃんの元気な挨拶に、佐藤は目を丸くする。
「お二人はご姉妹か何か?」
「そうです!」「いえ」
同時に正反対の返事をしてしまい、佐藤は不思議そうな顔をした。
すると、もう一つの画面に新たな人物が現れる。
金髪に黒ぶち眼鏡をかけた、若い男性だった。
「廻くん?! その髪は?」
佐藤の問いに、「廻」と呼ばれた男性は少し照れたように笑う。
隣から、「ダサっ」というマイちゃんのつぶやきが聞こえた。
『こんな色にしたの、初めてで。似合ってないですよね。
その店、知り合いがいそうなので……リモートとはいえ、画面に映るといろいろややこしいかなと思って。変装です。
どうも、土岐野廻です。2020年のメンバーです。まあ、この年は俺一人だったんですけど』
マイちゃんの無遠慮なコメントにも、土岐野は気を悪くした様子もなく、笑顔で応じた。
やはり、2020年のルーパーは彼だったようだ。
「私は井上称央子、隣にいるのが井上舞です」
『お二人は姉妹?』
土岐野も同じ反応を示した。
「いえ、この件がきっかけで知り合い、友人になった感じです」
『佐藤さんならともかく、“井上”でかぶるなんてすごい偶然ですね。お二人はどうしてこういうことに?』
その問いに、マイちゃんが顔をしかめる。
「ELEVENタワーにある喫茶店で仕事の顔合わせをしていたときに、向かいのビルで工事していた鉄骨がこちらに落ちてきたんです」
説明していると、あの時のことが蘇り、自然と身体が震える。
「デリカシーがないですね。トラウマものの恐怖体験を語らせるなんて」
マイちゃんが画面越しに睨みつける。
「申し訳ない。彼に悪気はなかったんだ。ただ、この現象がどこで、何をきっかけに起きているのかを分析するのは大事なことで……」
佐藤が即座に謝り、土岐野も軽く頭を下げる。
『お詫びになるかは分からないけど、俺のことも話します。
俺は『ニシムクサムライ零』のイベント準備中、雷が落ちて近くのビルの装飾が破壊され、それに串刺しにされて死にました。
で、今いる年ではその事故の影響で会社がてんやわんや。プロデューサーとしての立場もあるし、そちらのお店に能天気に飲みに行くってわけにもいかなくて……だから今回はリモートで失礼してます』
そちらも、なかなか壮絶な死に方だ。
「私は――」
佐藤が話そうとしたところで、マイちゃんが手を上げて止めた。
「大丈夫です。佐藤さんの事故はネットで調べましたから。竜巻で巻き上げられて亡くなったんですよね」
佐藤は一瞬、戸惑ったような表情を浮かべたが、すぐに気を取り直して微笑んだ。
「まずは、出会いを祝して乾杯しようか」
佐藤の進行で、グラスを軽く持ち上げるだけの静かな乾杯が行われた。
「こちらで分かっている情報について話をさせてもらうね」
そう前置きして、佐藤が語り始めた内容は、途方もないものだった。
彼の知る限り、この現象は連鎖して続いている傾向が見られた。
2017年、アメリカのあるホテルのレストランで起きた爆発事故だった。そこで死亡したディスティニー・テーラーと、その場に居合わせた複数の人物がルーパーとなった。コチラは日廻永遠からの情報で佐藤宙は会った事はない。
翌2018年、ディスティニーが設計に関わった最新鋭の旅客機が墜落し、ビジネスクラスに搭乗していた日廻永遠を含む9名が、同時刻に死亡したことでルーパーに。
2019年になると、その日廻が設計を手がけた東京のタワーマンションの近くで、突如発生した竜巻に巻き込まれた佐藤宙を含む3人がルーパーとなった。
さらに2020年には、佐藤が開発チームに関わっていたシステムの入ったタブレット端末のデータチェック中に起きた事故により、現場にいた土岐野廻が新たなルーパーとなる。
こうした因果の連なりは、まるで何者かが意図的に次のルーパーを指名しているかのようだった。事故と犠牲が連鎖し、ループの継承は続いていく。
丁寧に用意された資料を添付しながらのプレゼン形式。わかりやすく、さすがサラリーマンといった印象だった。
「ところで、お二人はどうやって出会ったんですか? このお店で接触できないとなると、会うのは難しかったのでは?」
マイちゃんはスマホで、土岐野の情報を調べている様子だった。
佐藤が配信していたWEBラジオで繋がれたらしい。
つまり、この現象を引き起こした“モノ”だけでなく、過去のルーパーが作った“コンテンツ”も媒介となりうるようだ。実際この店に関しても管理システムという形のないモノで繋がっている。
WEBラジオだと、時代が離れていると有効とは限らず、また核同士でしか繋がれない場合もあるため、今回はこうして現地での会合に至ったという。
私の方は、どこまで話すべきか迷っていた。
「前の年の核となった人物には、心当たりがあります」
その一言に、佐藤は明らかに強い関心を示した。
一方で土岐野は、冷静な様子で飲み物を口にしている。その温度差が少し気になった。
「接触には成功しましたが……もう、彼女と向き合うのは無理です」
二人とも、不思議そうに私の顔を見る。
「その人、かなり“いっちゃってる”感じの人で」「話がまともに通じないうえに、ループ現象に巻き込まれていることにも気づいていないようなんです」
マイちゃんの強い言葉に、私はややマイルドな説明を加えた。
『ループ現象に気づいていないなんて、あり得るんですか?』
土岐野が驚いたように声を上げる。
「もしかすると、気づいていないというより、気にしていないのかもしれません。
現在ニートで引きこもりをしていて、狭い世界だけで生きているような人なので……」
「ちなみに、その人物の名前を聞いてもいいかな?」
佐藤のその言葉に、私は一つ、深く息を吐いた。
「貢門命架。2000年11月11日生まれ。
ある小学校の前で、竜巻により亡くなっています」
『え……? この人、ストーカーで逮捕されたって出てくるけど……?』
土岐野がスマホを見ながら尋ねてきた。
「そうですね。2020年の6月に逮捕されてます。その前からも、自称イラストレーターとしてネットで何かと騒がれていた人物です」
『“セカハピ”の表紙を描いてた人だ……』
その言葉に、マイちゃんは露骨に鼻にシワを寄せた。
「初版のみ、ですけど」
すかさずマイちゃんが補足した。
私はWikipediaに簡潔にまとめられている該当ページのスクリーンショットを撮り、リモート画面に表示させる。
「確かに。この人物とは接触しない方がよさそうですね」
そう言いながら、私は目の前にいる佐藤を見つめる。
触れなければ、本当にそこに“いる”ように見える存在だった。
「お二人は、どのような形で接触できているんですか?
今、私と佐藤さんは実際には触れられませんが、目の前でこうして同じテーブルに座って会話ができていますが、お二人はここで会えないとなると難しいですよね」
私の問いに、佐藤と土岐野は同時に「うーん」と考え込む。
「実は、こうして“普通”に出会えたのは井上さんが初めてなんだ。
廻くんとも、永遠さんとも接触方法が異なるせいか、一定の距離をおいてしか会えていない。
ラジオや映像で繋がると……周囲の風景が消えて、リモート会話のような感覚になる」
話を聞いても、いまいち状況を飲み込めない。
「お二人は、同じ場所で直接会ったことはない、と」
二人は同時に頷く。
「実は、貢門命架と接触したときに面白い現象が起きたんです」
私は、貢門命架が表紙を描いた本の有無と、彼女との距離によって変化した視認性について説明する。
「この店において、佐藤さんにまつわる“何か”が具体的に何なのか、私は分かりません。
でも、もしかしたら店内でなくても視認できる可能性があります。佐藤さんに関係するモノの半径五メートル以内であれば」
その言葉に、土岐野はぱっと顔を輝かせた。
『ってことは、宙さんと“直に会える”ってこと?』
「“会える”という表現が正しいかは微妙ですが……目の前にいるような状態で会話は可能かと」
私は佐藤の方を見て確認する。
「でも、一応電話かけているとかの偽装は必要かも知れませんね〜。
今も、リモート画面がなければ、佐藤さんはただの独り言を言ってる怪しい人になっちゃいますしね〜」
マイちゃんが余計な一言を添え、佐藤は苦笑い。
さっきからマイちゃんの言葉に、時おりトゲを感じる。
横を見ると、ニコニコはしているが、いつもの無邪気さはあまり感じられなかった。
『今から、そのビルの下の階に向かいます』
そう言って、土岐野の画面がオフラインになった。




