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ペトリコールに融けるふたり  作者: 白い黒猫
宙に向かう道
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だれ?

 あれから何度か、常世村を訪れた。

 同じ格好で、同じ荷物を持ち、神社で同じお守りを買い、条件を揃えてみた。

 けれど、あの外国人男性にも、不死原渉夢にも、十一残刻にも会うことはなかった。

 あの外国人男性が誰だったのか、それは今も謎のままだ。

 私たちは、とりあえず「異次元人に遭遇したときのためのハンドサイン」だけ決めておいた。

 自分の胸をトントンと叩いたあと、手のひらをその人物のいる方向に向けるというもの。

 だけど、それを使う機会もないまま、時間は過ぎていった。


「なんか色々調べてみたんですけど、不死原渉夢さんと十一残刻さんって、すごい人たちなんですね」


「私も、そう思った」


 あの辺りの土地は、古くから不死原家が治めており、現在も強い影響力を持っているという。

 一帯は「不死原王国」とまで呼ばれ、その懐刀として十一家が存在していた。

 この二家は政界や経済界にも影響力を持ち、私でも知っている大手企業をいくつも経営している。

 不死原渉夢と十一残刻は、どちらも旧家の直系の血を引く御曹司。


「どちらに出会ったとしても、私みたいな庶民が話しかけていい人だったのかなあ……」


 とはいえ、私と命華は本意ではなかったが、本という媒介でつながることができた。

 でも、他の人とは一体何をきっかけに関わることができるのか。まして、あの外国人男性とのつながりは、いまだに謎のままだ。


「神社の巫女さんは、不死原さんのこと“穏やかで、めちゃくちゃ気さくで良い人”って言ってましたけどね〜」


 マイちゃんはそう言って、ストローでアイスティーを啜った。

 2028年7月11日――つまり今日の東京は、雨が降ったかと思えばすぐに晴れ間が差し、湿度がまるでサウナのよう。

 汗が滲み出るように流れ、水分をいくら摂っても足りないくらいだった。


「もしまたお会いすることがあったら、失礼がないようにしよう!」


 マイちゃんはタブレットで二人の情報を見ていた。


「十一家って、あのファミレス“サムライ”とか、高級居酒屋“ニシムクサムライ”も手がけてるんですね〜」


「なるほど、“十一”で“サムライ”なのね。ニシムクサムライは、静かにお酒を楽しめるからいいのよね〜。

 よく幹元さんとも飲みに行ったわ」


 実際に幹元さんと飲みに行ったのは、七月八日だったはず。でも、もう随分前のことのように感じる。

 マイちゃんは興味津々な顔でタブレットを操作している。きっと今、ニシムクサムライの検索をしているのだろう。


「あっ、いま“フランスワインフェア”してますよ! 美味しそう〜。今夜、行ってみませんか?


 あ、予約もできる。予約だと席も選べるんですね……しっぽり二人で楽しめそうな席は……この辺りかな? 予約、しておきました!」


 もうこれは調査というより、単なる飲み会である。


「でも今日の格好だと、ちょっと入りづらいかも……」


「家に戻るの面倒だし、今から買いに行きましょう!」


 この生活をしていると、「倹約」という言葉をすっかり忘れてしまいそうだ。

 銀座で服を買って着替え、着ていた服はコインロッカーに預けて、私たちはニシムクサムライTOKYOへ向かった。


「そういえば、このニシムクサムライって、昔俳優の杉田玲士がCMやってましたよね!

 侍の格好、かっこよかったな〜

 今は結婚してすっかりパパキャラだけど」


 エレベーターの中でニコニコと話すマイちゃん。今日はより華やかなワンピースを着ていて、いつもより大人っぽく見える。

 ……けれど、こうして楽しそうに喋っている姿を見ると、やっぱりマイちゃんだなと思う。

 エレベーターを降りた途端、そこはもうニシムクサムライの世界だった。

 和を基調とした落ち着いた空間に、朱色がアクセントとして配され、どこかエキゾチックで神秘的な雰囲気が広がっている。

 名前を告げると、ウェイターが紳士的な態度で席まで案内してくれた。

 店内の奥、窓際の、やや個室めいた席――そこが私たちの予約席のはずだった。

 けれど、そこにはすでに一人の男性が座っていた。私は思わず首を傾げる。

 スーツ姿の、柔和な雰囲気のサラリーマン。彼はまっすぐ前を見て、微笑んでいた。

 ウェイターはその席の椅子を引き、マイちゃんをそこに座らせる。

 マイちゃんはその男性と、まるで重なるような位置に座ってしまう。――奇妙な光景だった。


 誰かが座っているのに気にする様子もなく、ウェイターは案内を続け、私にはその男性の正面の席を勧める。

 私は見知らぬ男性とマイちゃんに同時に向かい合うかたちで着席する。なんとも気まずい。

 男性は私の顔を見ると、目を見開いて驚いたような表情を浮かべた。

 そして、その目を不自然に横へ動かす。

 私は胸をトントンと叩き、彼のいる方向へと手のひらを向けた。

 その瞬間、マイちゃんも驚いたように目を見開く。

 ――私は、謎すぎる状況になっている「二人」を前にして、ただただ戸惑うしかなかった。

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