始まりは雨だった
私とマイちゃんが祈祷師やら呪術師を探しているのには、理由がある。
祁答院に話したように、私たちは本当に“呪われている”としか思えない状況に陥っており、困り果てていたから。
なぜ、こんなことになったのか。
二人で考え続けたが、答えは出ない。
ただ一つ分かっているのは、すべては、私たちが出会った日から始まったということだけ。
私とマイちゃんが出会ったのは、2028年7月11日。
担当編集者に呼び出されたのは、喫茶店【Onze bonheurs】。
十一時という、何とも中途半端な時間だった。
ビルの四階にあるその店は、全面ガラス張りのお洒落なカフェで、海外の有名パティシエが監修したということで話題になっていた。
インテリアもガラス素材で統一されていて、その透明感あるクールな空間と、極上のスイーツが自慢の素敵なお店……の、はずだったのだけれど。
その日は最悪だった。
関東にかかっていた線状降水帯の影響で、前日から断続的に降り続ける土砂降り。
移動はひどくストレスだったし、傘もほとんど意味をなさなかった。
レインコート姿で到着し、濡れたカバンをハンカチで拭き合うような、何とも間抜けな挨拶になってしまった。
相手はくりっとした大きな目が印象的な女の子。
シャープなラインのワンピースに、胸元に大きなリボン。紺地に白い縁取りが施されたその服は、彼女の可愛らしさにピッタリだった。
喜怒哀楽がはっきり分かる、無邪気でまっすぐな印象。それが私の第一印象だった。裏表ない性格なので今もその印象は変わってない。
「時雨結先生! はじめまして! アオイネミです!」
元気よくそう言って深く頭を下げる彼女の声は、雨音すら弾くようだった。
「実は、私、先生の大ファンで……!
先生の作品を私が漫画化させていただけることになって、感動しすぎて昨晩眠れませんでした。それでデビュー作から全部読み直していて……」
その瞳にまっすぐ向けられる好意がまぶしくて、私は少し照れくさくなってしまった。
編集者が改めて紹介してくれる予定だったが、アオイネミ側の編集者が電車遅延のため遅刻しており、私の編集者である幹元さんは電話がかかってきたとかで席を外してしまい、私とアオイネミは二人きりで残された。
私はというと、ややテンション高めな彼女に、ちょっと圧倒されていた。
「えっと、あの、少し厚かましいんですけど……サイン、いただいてもいいですか?」
そう言って差し出されたのは、私のデビュー作『世界を救うのは、たったひとつのハッピーエンド』。
それも、よりによって初版だった。
思わず顔が引きつるのを感じながら、表紙を見ないようにして中を開き、ペンを取る。
「こちらに書く名前は、アオイネミさんで良いかしら?」
「いえ、本名でお願いします!」
そう言って彼女はバッグから手帳を慌てて取り出し、ページを開いて、そこに『井上舞』と書いた。
丸みを帯びて文字まで可愛い。だが、私はそれよりも名前が気になった。
「え!? あなたも井上さんなんですか? 私も井上なんですよ」
マアオイネミの長いまつ毛が揺れて、ぱちりと大きな瞳が見開かれた。
「すごい偶然ですね!」
私は笑って、見返しに「井上舞様」と書き加え、顔を上げて彼女と目を合わせる。
「佐藤とか鈴木ならともかく、井上で被ることってあんまりないわよね」
井上は珍しい名字ではないが、実際、仕事で出会ったことはそれほどなかった。
「……なんか、余計にその偶然が嬉しいです」
アオイネミが、はにかんだように笑う。
私が差し出したサイン本を彼女が受け取ろうとした、まさにその瞬間……。
ゴアーガシャアァン!!!
何か大きな音が、私たちを襲った。
その時のことは、なぜかスローモーションのように見えて、状況ははっきり覚えている。
辺りを舞う、キラキラと輝くガラスの破片。
目を見開き、驚いた顔のアオイネミ。
次の瞬間、強い衝撃が体を打ちつけて……。
暗転。
そして私とアオイネミ、死んだ。たぶん……。