物語だったら?
考え込んでいると、マイちゃんが帰ってくる。
近くのスーパーにも寄っていたらしく、レジ袋を下げていて、着替えてきたのか、ウエストのないシンプルなラインの白いワンピース姿になっている。
化粧も落としているせいか、ますますあどけなくて可愛らしい雰囲気になっていて、思わず少し見とれてしまった。
「ナオコさんも、先にさっぱりしてきたらどうですか?」
そう言って、レジ袋を差し出してくる。私の分の着替えも買ってきてくれていたようだ。
袋の中にはタオルや下着などの着替えが入っていた。有難く受け取り、私もシャワーを浴びに向かうことにする。
「後でちゃんと説明するけど、これが私がさっき体験したことの簡単なまとめ。これ見て、後でマイちゃんなりの意見も聞かせてね」
そう言って、私はタブレットを手渡した。
シャワー室は鍵付きで、思ったよりも清潔。シャンプーやリンス、ボディーソープなども揃っていて、快適に汗を流すことができた。
気持ちも幾分さっぱりする。
……が、マイちゃんが買ってきてくれたのは、なんとお揃いの色違いワンピース。同じ形の服を着ているのに、なぜこんなに雰囲気が変わるのか。
鏡を見て、私は苦笑する。私はなんだかさっぱりしすぎて華がない。今は化粧も落としてしまっているから、なおさら地味に見える。
小さくため息をついて、シャワー室を後にした。
ドアを開けると、マイちゃんがタブレットを横に、スケッチブックに何かを描いていた。そして私の姿を見ると、嬉しそうに笑う。
「その色にして正解♪ ナオコさんと双子コーデしてみたかったの! 黒でクールで素敵!」
キラキラした笑顔で言われると照れる。でも、可愛らしく着こなしているマイちゃんが羨ましい。
「なんで、同じデザインなのに、私が着ると子どもっぽくなるのかな〜」
そんなことを言うマイちゃんに、ちょっと驚く。まさか、真逆の悩みを持っているとは思わなかった。
マイちゃんは、事あるごとに年齢相応に見られないことを気にしていたのを思い出す。
私としては羨ましい容姿なのに、逆の悩みがあるのだろう。
私自身は背が高めでスレンダー体型、女らしさがないというのがコンプレックスだった。
けれど、それを素敵だと言ってくれるマイちゃんといると、少し気持ちが楽になる。
マイちゃんの手元を見ると、先ほどいたスタバの店内とその周辺の見取り図を描いていた。
さらに、ネットで見つけた画像を参考にしたのか、漫画タッチで命華がとうとうと自分語りをしているイラストまで描かれている。
一度行っただけの場所なのに、距離感や空間の配置がしっかり表現されていて、さすがイラストレーターというべきだ。
物事を平面に落とし込む力が高い。
「すごい!」
「ナオコさんの方がすごいですよ」
「あの状況を、面白い小説にするなんて! 命華のぶっ飛んだ自己中な言動の数々、最高に憎々しかったです!
命華の人間分析もすごく面白いです!」
「いや、それは小説を書くときに使ってる設定資料作りのテンプレートを流用しただけなの。
物語を描く時にキャラにブレが出ないよう、項目ごとに分解して最初にまとめておくやつ。
命華をその形式で整理してみたら、こうなったってだけで……」
マイちゃんは、なぜか感動したような声を上げる。
「時雨結先生の……生設定資料集……尊い……」
「いや、それ、私が作ったキャラじゃないし、設定資料じゃないし」
私は苦笑してから、マイちゃんに尋ねる。
「それ読んで、どう思った?」
マイちゃんは顔を思いっきりしかめて言う。
「読み物としては面白かったですけど、命華って私が思ってた以上に強烈でヤバい人ですね」
私は深く頷く。
「そもそも、命華が私の前に現れた理由って何だろう?」
「それは……本があったからじゃないですか?」
マイちゃんの言葉に、私は再び考える。
「東京では出現できなかったとしても、私たちがあの地方を訪れた時点で、他にも現れるチャンスはあったはずよね。
なのに、なぜあのスタバに?」
「うーん、確かに」
マイちゃんは自分が描いた見取り図をじっと見つめる。
「命華が誰かに怒っていたのって、この辺りでした?」
そう言って、入り口近くの場所を指差す。
「そう、そのあたり。出入口を背にして、店の奥を向いて叫んでいたわ」
マイちゃんはそこに丸を描き、向きの矢印を加える。
「たぶん、本はこのゴミ箱に捨てられたとして……私たちが座っていたのはお店の一番奥。
そして、外で命華が消えた場所はこの辺りですよね? ……本から半径五メートルくらい? 命華の出現可能範囲って」
図を見ると、座席・ゴミ箱・命華が消えた地点が、だいたい等距離に並んでいることがわかる。
「半径五メートル……幽霊にとって、それが広いのか狭いのかはわからないけど、小学校の教室くらいのエリア内が活動エリアということ?」
意外とそう考えると狭くも思える。
「そもそも、本を持ってたから現れたのかな? それとも最初から店にいた?」
マイちゃんは、見えていなかったから困った顔をする。
でも、私の話を全面的に信じて、一緒に考えてくれていることが何よりありがたい。
もし疑われていたら、私は一人でこの異常を抱えることになっていただろう。
「少なくとも、隣の男性は私たちより先に席にいたわ。あの人、荷物がこっちのゾーンまで広がってたから、お願いして動かしてもらったの」
私がレジに並んでいる間にマイちゃんに席を取ってもらったのを思い出す。
そして、トレイを持ってマイちゃんの元に向かったとき、確かに男性と女性が隣に座っていた。
でもその二人、妙に会話がなくて不思議だった。しかも、男の子は若いのに、隣にいるのは……少し年上すぎる女性。
「最初からいたかも、命華」
「こわっ。待ち伏せされてたの?」
マイちゃんが背筋を伸ばす。
「それはないと思う。
考えてみて、これが創作世界の中だったとする。私たち二人が主人公で……」
そう言うと、マイちゃんがニコニコしながら私を見つめる。
「超常現象の鍵を握る人物が、たまたま入ったスタバの隣にいた。なんて、物語として納得できる?
もし私たちが、命華が大のスタバ好きだとか、そういう情報を知ってた上で行ったならともかく。
あの場所に偶然いたこと自体に、意味がないとおかしいのよ」
物語の構造として、整合性が取れていない展開は私は嫌いだ。
だからこそ、今日の出来事は気持ち悪い。命華の人格ではなく、彼女の「存在の仕方」そのものが謎だ。
「そうですよね。ホラーなら、自分の部屋に現れるとか、もっと効果的な出現の仕方しますもんね」
命華の行動原理がわからない。というより、私たちの身に起こっている異常現象との関連性がよくわからない。
「私が感じたことだけど、命華は、この現象の本質とはあまり関係ないと思う。
もし私がこの経験をもとに物語を書くなら、彼女には世界の秘密を握るような役割は与えない」
「確かに、ラスボス感はないですよね」
私はふう、と深く息を吐く。
「マイちゃん、明日、セカハピの初版が復活してたら、ちょっと貸してくれない?」
マイちゃんは不思議そうに首を傾げる。今では、私たちの中では前のループは“昨日”、次のループは“明日”と呼ぶようになっている。
「あれ? ナオコさんは持ってないんですか?」
「命華表紙のは、捨てたから」
私は肩をすくめる。
「いいですけど……何に使うんですか?」
「もう一度、あのスタバに行ってみようかなと思って」
マイちゃんはガタッと勢いよく身体を動かす。
「私も行きますよ! そんなヤバい人が出るかもしれない場所に、一人で行かせません!」
「え? マイちゃん、今日いろいろあって疲れたんじゃ……?」
マイちゃんは、チロッと上目づかいで私を見る。
「疲れたのはナオコさんの方では? 私は若いし〜全然大丈夫です!
だったら明日こそ、調査が終わったら温泉でも入りましょう! ねっ!」
マイちゃんは必死な様子で私に訴えてきた。




