なんか……いる
次の目的地は、貢門命架が住んでいるという街。
彼女の家は事件の時にネットで晒されてしまっていたために苦労せずに知ることができたので、難なくたどり着けると思っていたのだが……最寄駅について、なんか唖然とする。
駅ビルこそあるものの、それ以外には小さなバスロータリーと、寂れた商店街が広がっている。三分の一はシャッターが閉まったまま。
貢門命架の家に行くにはバスが必要なのだが、昼間の便は二時間に一本という過疎っぷり。地図アプリで見ると、歩いたら一時間以上かかるらしい。
「……何というか……」
「東京の交通の便に慣れてると、こういう地方ってカルチャーショック受けるよね」
私たちは駅ビル内のスタバに入って、軽めのランチをとることにした。
観光地でもなく、街全体がなんとなく“よそ者お断り”な空気をまとっていて、他の飲食店に入る気になれなかった。
田舎ならではの理由か、都内ではあまり見かけないような異様に広い店舗。入口付近は日差しが強くてまぶしい上に、人の出入りも多く落ち着かない。
私たちは、レジや入口からも離れた奥まったエリアの席を選んで座る。
季節のフラペチーノを飲みながら、サンドイッチをかじりつつ、タブレットで地図アプリを開いて貢門命架の家をチェックしていた。
画面に映るのは、どう見ても農家然とした家。しかも私道の先にあるため、遠くからしか見えない。
「……周辺、何にもありませんよ〜。
これでもう“確認完了”ってことにしません? 東京まで戻る必要ないし、どこか温泉付きのホテルにでも行って、のんびりしましょうよ」
マイちゃんはストリートビューをぐりぐり動かしながらそう言った。
たしかに、もし家の前まで行けたとしても、帰りのバスがちゃんとあるかどうかも不安だ。
私たちは0時を過ぎれば家に戻れる仕様とはいえ、コンビニもないような場所で時間を潰すのは、さすがに心細い。
「そうよね。行ったところで、何か発見できるとも思えないし……」
「それで、供養してもらったほうがいいかなと思って、これ持ってきたんですが」
マイちゃんは、私のデビュー作『世界を救うのは、たったひとつのハッピーエンド』の初版本を鞄から出して、机の上に置いた。
「供養って……お焚き上げとか?」
「そうそう。ちょうどやってるところなんて都合よくないけど、火で浄化できないかなと思って。一度、燃やしてみませんか?
ナオコさんの本を燃やすのは心が痛みますけど……。何なら、表紙とイラスト部分だけでも」
マイちゃんの言葉を聞きながら、本を手に取ってため息をつく。
愛華の話をいろいろ聞いたあとだからこそ、改めて表紙を見ると妙な不快感が湧いてくる。
「でも……燃やしたとしても、どうせ日を超えたら元に戻る気がする」
と、そのとき。ふと隣の席を見て、私は息をのんだ。
マイちゃんと並ぶように壁際に座るその女性は、タブレットに向かって何かを描いている。
ふくよかな身体に、ひらひらしたワンピース。異様に濃いアイメイク。
……ネットで見た貢門命架の姿に、気味が悪いほどそっくりだった。
存在感が強いのに、なぜかその場の空気から浮いている。
私の隣に座るPC作業中の人とは一言も言葉を交わさず、目も合わせない。
真摯に作業しているというより、どこか気取った様子でタブレットを操り、ときおりフラペチーノを啜っている。
私は視線でマイちゃんにその女性を示す。
私の様子に気づいたマイちゃんは、視線をうながされるように自分の隣を見るが、すぐに首を傾げて私の方へ戻してきた。
その動きで私は、決定的な違和感に気づく。
マイちゃんの後ろには大きな鏡がある。なのに――その女性だけが、鏡に映っていない。
声を出していいのかも分からず、私は手元のスマホでメッセージを打った。
『命華がいる! マイちゃんの左隣に!』
「え? 私の隣、誰もいませんよ……?」
『そっち側の隣席に普通に座ってるの! でも鏡に映ってない!』
マイちゃんはやや戸惑った様子で、再び隣を確認する。
「……本当に、命華ですか?」
「……たぶん……命華、そのもの。姿が……」
つい口にしてしまった瞬間、マイちゃんの隣の女性がこちらを見た。
なぜか、私の手元………本を持つ手に視線が移る。
「――あら、その本!」
敵意に満ちた表情で襲いかかってくるのかと思いきや、嬉しそうな声で話しかけてきた。私は恐怖で声が出ない。
「気づかれちゃったかしら? その本の表紙を描いたの、私なのよ」
やっぱり、命華だ。でも……どうして? 一年前に、死んでいるはずなのに。
彼女は上機嫌に話し続ける。
幽霊って、こんなに陽気なものだろうか? いや、陽気すぎてむしろ怖い。
まるで、自分が私に求められて表紙イラストを描いたかのように話を進める命架。
テンションがどんどん高まり声は大きくなる。話し方はまるで、こちらがファンか何かのように扱って上から目線。しかも、私が時雨結だとは気づいていない様子。
そして誰も、彼女の存在を気にしていない。
大声で話しているのに、周囲の客は誰も見向きもしない。マイちゃんにも、見えていないらしい。
命華が大きく身振り手振りを交えて喋っているため、前の席の人のパソコンに触れそうに何度もなっているのに、パソコン叩くことにはなっていない。
テーブルには手を置けている…物理法則が歪んでいるような違和感がある。
マイちゃんは、完全に固まった私と命華が“いる”とされる方向を交互に見ている。
やがてバッグからお守りを二つ取り出すと、私の手から本を外して一つを私の手に、もう一つを本の表紙の上に置いた。
私が握った方には「恋愛成就」、本の方は「金運招福」。
……いや、こんな場面でそのチョイス!? と思ったが、命華はそんなことなど気にせず、喋り続ける。やはり効いてない。
「少しお休みしてたけど、これからは本格的にお仕事再開しようと思ってるのよ。今、いくつか出版社とも話をしてて――」
視界の端で、マイちゃんが命華の方向に向かって、ソファの上でアジシオの瓶を転がしている。
すると、私の隣に座る男性がそれを見て咎める顔をしたのか、マイちゃんは笑ってその瓶を回収した。
その瓶が命華の体をすり抜け、別のものにぶつかって止まったように見えた。
気づけば、命華が座っている場所には、私の隣の男性が置いた荷物がある。命華の存在は、その荷物と重なっていた。
タブレットも持てているし、フラペチーノも飲んでいる――けれど、それらは命架が手に持っているときにしか“見えない”。
……彼女が触れられるものと、すり抜けるもの。何か法則があるのか?
私が考え込んでいる間も、命華は自分語りを止めない。話しかけてる相手が反応しなくても、延々と喋り続けるこの異常さ。
それが逆に、異形の存在であることを際立たせていた。
「きゃー! ごめんなさい!」
マイちゃんの声で我に返ると、『世界を救うのは、たったひとつのハッピーエンド』の上に、フラペチーノの中身がどっさりと乗っていた。
どうやらマイちゃんがカップを倒したらしい。
「大丈夫ですか?」
近くにいた店員さんが布巾を手に駆けつけてくる。
「ごめんなさい」
マイちゃんは謝りながら、本を両手でトレーに移し、クリームやらシロップまみれの表紙をそっと置いた。
それでも命華は、まったく気にする様子もなく、別の話を続けていた。
「そういえば、画家の不死原渉夢さんってご存知かしら? 実はね、私の恋人なのよ。格好良くて、紳士で、優しくて……」
マイちゃんはテーブルに広がったフラペチーノを紙ナプキンやティッシュで拭き取り、それを上に重ねていく。
そのあと店員さんが持ってきてくれた濡れ布巾で、丁寧にテーブルを拭き取った。
そして、汚れ物がのったトレーを手に、店員さんが本の状態を気にしているのに、マイちゃんはニッコリと笑って言う。
「その本、汚れちゃったから。捨てちゃってください」
戸惑いながらも、店員さんは本を載せたまま、トレーを下げていった。
「……!?」
しゃべり続けていた命華が、突如、消えた。
「あれ……?」
「払えました? 塩じゃなくても、砂糖とかクリームでもよかったってこと?」
マイちゃんが笑いかけてきた。




