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ペトリコールに融けるふたり  作者: 白い黒猫
救いの手を求めて

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10/60

ほろ苦いデビュー

「あの……前々から気になってたんですけど……」


 ケーキを食べ終えたタイミングで、マイちゃんが少し遠慮がちに口を開いた。


「ん?」


 マイちゃんはグラスの中の氷をくるくると回しながら言い淀む


「初対面のとき、私セカハピの本にサインお願いしたじゃないですか。あの時……ナオコさん、ちょっと嫌そうな顔してた気がして……」


 覚悟を決めたように顔を上げたてマイちゃんが切り出した。


「あの時、私……ナオコさんを嫌な気持ちにさせちゃいましたか?」


 私は苦笑して、首を横に振った。


「そんなことないよ」


「……セカハピはナオコさんにとって、大切な作品だと思っていたのですが」


「もちろん。あれは私のデビュー作だし、子どもの頃からずっと心の中にあって、じっくり時間をかけて書いた物語。私にとっては、かけがえのない一冊だよ」


 マイちゃんは首をかしげる。たぶん、あの時の私の顔がそうは見えなかったからだろう。


「でもね――ちょっとした厄介ごとがついてきた作品でもあるの」


「え……? 本もアニメも人気ですよね?」


 私は少し笑って、テーブルの端に置いた水のグラスに目を落とす。


「マイちゃん、初版本の表紙、どう思った?」


 マイちゃんは少し困ったように黙り込み、やがて言いづらそうに答えた。


「うーん……正直に言うと、再販の表紙の方が好きかもな……そちらも買っちゃいましたもの」


 私は微笑む。やっぱり、そうだよね。


「“命華”っていう名前、聞いたことある?」


「ううん……知らないです」


「当時高校生の命華が描いたあの表紙、実はトレパクだったの。有名なイラストをトレースしたって、あとから判明して……けっこう大きな騒ぎになったのよ」


「えっ……」


 マイちゃんはすぐにスマホを取り出して検索を始める。画面を見た彼女の表情がどんどん険しくなっていく。


「なにこれ……創作者として最低……!」


「私の作品が商業デビュー第一作だったらしくてね。

 私としては正直表紙が上がってきた時がっかりだった。

 あの表紙、物語と合ってないし、キャラの表情もどこか虚ろで、動きも感じられなかった」


 私は少し肩をすくめる。私の作品が命華のデビュー作で商業作品としても最後の出版物…


「でも、私も新人だから何も言えなかった。

 出版後もSNSではまるで私と命華が創作パートナーかのような言い方していて、私のアカウントにも馴れ馴れしく絡んでくるし」


「うわぁ……」


 マイちゃんが引いたような顔をする。


「二作目がアニメ化されて、そこから一作目も再評価されて漫画化・アニメ化が決まったの。

 その時に表紙が変わって、やっとホッとした。

 でも……命華はそれが気に入らなかったみたいで……出版社にも私のSNSにも、怒涛の抗議と突撃。私のアカウント、面倒になって閉じる羽目になった」


「……ひどい……」


「今はアカウントは別名で、時雨結ってことも伏せてる。日常のことだけ、気楽に投稿してるよ」


 マイちゃんは拳を握り、怒りで肩を震わせていた。


「なにそれ! ナオコさんにそんなことして!

 許せない……! で、大丈夫なんですか? ソイツ、まだ絡んで来たり――」


 私は笑った。


「もう大丈夫よ。……その後、大学の教授にもストーカー行為をして、逮捕されたみたいだし……」


「エッ……!」


 目を日開いてマイちゃんは驚く


「それから、去年。夏頃だったかな? 事故で亡くなったって聞いた」


 マイちゃんは無言でスマホを取り出す。しばらく画面を弄りじっと見つめ、唇を震わせるようにして言った。


「…………ホントだ……」


 そのまま固まるように動きを止めた彼女が、ゆっくりと視線を上げて私に言った。


「……この女、死んだの……去年の今日ですよ……七月十一日、時間は……十一時過ぎ……」


 カラン。


 私のグラスの中で、氷が音を立てて転がった。

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