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暴露された私の犯罪

 札束の入ったボストンバッグを持って私は急いで下りの電車に乗り込んだ。

 

 「闇バイト」のお金は反社会的組織の運営に使われるに決まっている。騙された被害者には申し訳ないが騙された時点でもうこれは反社会的組織のものだ。

 そんな組織がバッグの取り間違えを警察に届けたりはしないはずだ。そもそもバッグの取り間違いをしたのはあの少年だ。私は悪くない。

 聞きかじった知識だが一番下の「バイト」は使い捨てのような扱いを受けていると聞く。だからわざわざあの少年が私を追いかけて来たりもしないと思う。



 高揚感に包まれて、帰りの電車の中では夢と希望を数年ぶりに味わうことができた。関西に引っ越してきた時以来かもしれない。

 最寄り駅に着いた私は隣接する商業施設に立ち寄った。ここの施設にあるコインロッカーには私の私服やメイク道具が預けられている。トイレに入り私は変装を解いた。



 長い髪のウイッグも大きなサングラスもワンピースも全て変装した姿だ。別人を装いボストンバッグを捨てに行くために変装したのだから。駅に配置されている防犯カメラに映るくらいなら充分ごまかせる変装だと思う。

 

 ()()()()()()()()()を捨てに行くにはそれくらい慎重にならないといけない。なぜならあの中に入っているのは――。



 いつもの私の髪型はショートヘアだ。サングラスもかけたりしない。

 最寄り駅を降りてそのまま古びた賃貸アパートに帰るために歩いていた。ボストンバッグの重みが幸福の重みのように思えた。

 これだけのお金があれば大学にも通えるし、両親への仕送りも充分だ。

 悪い汚いお金だと言われても、お金の価値は変わらない。


 ちょうど駅前の交番を通り過ぎて人通りの少ない脇道に差し掛かろうとした時のことだった。


 「ちょっと、お姉さん?」


 背後から声をかけられた。振り返ると明らかに堅気ではない雰囲気を纏った数人の男達がいた。その中には電車で一緒だったあの少年もいた。顔を殴られたのか右頬が赤く腫れあがっていた。


 「そのバッグを返してくれませんか? 嫌とはいわせませんよ?」


 一番背の高い男が威圧感のある声でそう言った。リーダーだろうか。

 

 「もう中身はご覧になったと思いますが」

 「え、あの」


 どう答えようかうまく言葉がで出てこない。この男達はボストンバッグを取り返しに来たのだ。相手は5人だ。逃げ切ることはできない。

 

 「O**駅からずっとお姉さんをつけていました。さっきのショッピングセンターのトイレで洋服を着替えて髪型も変えて出てきたのも見てました。別人みたいでしたがすぐに分かりました」

  

 ずっとつけられていたのか。全く気がつかなかった。

 

 「ずっと鞄は見張っていました。俺達のグループには『見張り役』もいるんです。『運び屋』のコイツが電車の中でバッグを間違えたのも知ってます。その後、お姉さんが持ち去った事も見てました。そしてお姉さんが俺たちのバッグを――奪おうとしているのもちゃんとわかっているんですよ?」

 

 『運び屋』と言われた電車の少年はしゅんとうなだれた表情でこちらを恨めしそうに見てくる。

 

 「鞄にGPSとか付けられたらいいんですが、さすがにそれはね」

 

 背の高いリーダー各の男はそう言いながら私に鞄を返すように迫った。


 『見張り役』までいたのか。

 先ほどまでの浮きたった気分は一気に萎んだ。そしてこちらが警察にこのボストンバッグを届けないこともわかっている。



 「……警察に届けるつもりだったといえば?」

 「今、交番の前をスル―したくせに?」

 「……」


 私が黙っていると別の男が声をあげた。


 「おい、お前いい加減にしろや? さっさと返さんか!」

 「静かにしろ。今は『話し合い』の時間だ」


 すみませんね、うちには気が荒い者もいるので、と背の高いリーダー各の男はそう謝ってきてくれるが、やはり反社会的組織であることは間違いない。

  

 「でね、ここからが『取引」です。お姉さんのバッグの中も開けましたよ。まあすごいもの入ってましたね。臭かったですね」

 「……」

 「犯罪ですよ? いや俺達も犯罪ですけど」

 

 ――()()を見られたのか。『自分の犯罪』が暴露された。

 

 「……あれは」

 

 言葉が続かない。喉が急速に乾き、足が震えた。


 「変装までしてO**駅のコインロッカーにでも捨てに行くつもりだったんですかね? そういう事件は昔から多いですからね。人殺しですよ? わかってますか?」

 「……」


 少し小柄な別の男が私のボストンバッグをこちらに投げ捨てた。足元に私のボストンバッグが転がってきた。


 「まあ、俺達は殺人はしませんからね」

 

 電車で一緒だった少年は当然のように何度も頷く。

 

 そんなことはないだろう、「闇バイト」なんて反社会的な組織がやっているのだろう。強盗だって殺人だってやっているはずだ。だけど今そんなことは口にはできない。



 ――私だって好きで殺したわけではないのに、といっても無駄だろう。

 殺してしまったのは事実だ。自分の罪を隠ぺいして、大金を手に入れようと舞い上がっていたのだから。


 自然と涙が溢れ出した。 


 もうこの男たちから逃げる術はない。本来ボストンバッグのお金はこの男達のものだ。私が諦めて素直にボストンバッグを手渡すと背の高いリーダー格の男が言った。


 「回収できて良かったです。お姉さんのボストンバッグの中身はこちらで処分しましょう。これは『取引』です。だから俺達のことは絶対に口外しないように。バレて困るのはお互いさまというよりお姉さんのほうですし。俺たちは『詐欺』、お姉さんは『殺人』ですから」


 そういうと私のボストンバッグをまたさっきの小柄な男が拾いあげた。


 「そういうわけだからこれはこっちで処分してやる」

  

 お礼を言うべきだろうか。いや、言わないでおこう。

  

 「おい、お前、気をつけろよな!」 

 

 最後にあの電車の少年が私にそう言い放った。間違えてバッグを持ち去ったのはお前の方だろう、と言い返してやりたかったけれど黙ったままでいた。バッグの中身を安全に処分してもらえるのは本当に助かる。

 


 道を踏み外して一度闇バイトの組織に入ってしまうと警察に逮捕されるまで抜け出せないのだろうな、と思いながら自宅に帰った。

 


 ――でも私も同じだ。私は人殺しだ。自宅は殺害現場でもある。


 

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