入れ替わった二つのバッグ
座席に座った少年は落ち着きがなかった。席に座ったかと思うと急に立ち上がり車内をきょろきょろと見廻している。そして座ったかと思うと今度は通路側の席に移動してじっと車内の様子を眺めている。
扉の前に立っている乗客が数人いたので彼らの姿でも観察しているのだろうか。すると今度はスマホを操作し始めた。
単に落ち着きのない少年なのかもしれない。私は膝の上に置いていた自分のボストンバッグを隣の空席に置いた。
少年も落ち着いたのか乗車してきた時は大事そうに抱え込んでいたボストンバッグを隣の空席に置き、スマホでゲームをし始めたようだった。
私は自分のボストンバッグが少年のものと同じだということに気がついていたので、注意していたけれど少年はそれに全く気がついていないようだ。
そして座席で両足を広げたかったのか、少年はなんと向かい合っている私の座席の横にボストンバックを放り投げたのだ。
――大事なものではなかったのか?
私の横には自分のボストンバッグと少年のそれが二つ並んでいる状態になってしまった。奇妙な光景だった。
少年はぶつぶつと独り言を言いながらスマホゲームに夢中になっている。かなり熱中している様子だ。
私の膝のすぐ横に置いてあるのが私のものだ。そしてその隣にあるのが少年のものだ。電車はしばらくは停車しないので誰も人が乗ってこない。間違えるようなことはないだろうと思っていた。
――と、その時、電車が急にスピードを緩めた。ブレーキがかかったのだ。そのため、進行方向に座っていた私の横のボストンバッグが二つともボトン、ボトンと音を立てて床に落ちてしまったのだ。
ブレーキがかかる直前のタイミングで少年のスマホに着信があったようだ。少年は画面を確認するとすぐに床に落ちたボストンバッグを慌てて拾うと、そのまま隣の車両に移動していった。
「えっ!」
思わず声が出た。
少年が持ち去ったのはどちらのボストンバッグだろう。
ただ、私もわからなかった。中を開けないことにはわからない。
――なぜなら私のボストンバッグはこんなところでジッパーを開けることはできないのだ。