【第4章】労働者に思いやりを ― レン(22)の場合 ―
「新卒カードって、無敵じゃないですか?」
そんな言葉が、入社から数ヶ月で辞めたいというレンの口からこぼれた。
彼は今、デスワーク社の研修を終え、配属先で本配属2ヶ月目。
遅刻を1度しただけで上司から激しい叱責を受け、
その後も先輩社員からの指導が厳しく、「自分だけ浮いている」と感じていた。
「人手不足って、労働者が優遇されるチャンスだと思ってたんですけど…」
レンはリミコに相談を持ちかけた。
一方、リミコは調査のため、社員食堂で人事部員たちの会話に耳を傾ける。
そこには冷徹な現実があった。
「新卒なんて3年で半分辞める前提。だからこそ、
1年目は“厳しく指導して残る人材”を見極めるんだよ」
「育成コストもかかるしね。だから最初は評価に入れないけど、
3年過ぎれば“残ったご褒美”で年功序列が始まる」
「若手は、朝早く来てるだけで“よくできました”なんて思うなよって話よ」
それを聞いて、リミコは眉をひそめた。
会社の方針は理解できるが、肝心の“伝え方”が問題なのだ。
⸻
会社の会議室、午後4時。
窓から差し込む夕陽が会議室を柔らかく染めていた。
「お話は伺いました。レンくんが辞めたいと」
人事部のシノハラは、静かに話を切り出した。
「はい。正直、もう無理です。
遅刻1回で大声出されて、みんなの前で恥をかかされて…」
レンはうつむいたまま、小さく声を漏らす。
「配属先の指導は厳しいものですが、それも期待の裏返しです。
若いうちに鍛えれば、将来の会社を支える柱になる。
そのために、会社はコストをかけて採用しているんです」
「それって、“耐えろ”ってことですよね。
給料も低いのに、なんでこんなに求められなきゃいけないんですか」
レンの声は怒りとも悲しみともつかない色を帯びていた。
「人が足りない時代なんだから、
働いてもらえるだけでありがたいって思ってほしいです。
指導とか教育とか言ってるけど、ただ厳しいだけじゃないですか」
「それは、あくまで“あなたの感じ方”です」
シノハラがやや強めに返すと──
「その“感じ方”、無視してませんか?」
会議室のドアが開き、リミコがスッと姿を現した。
「ど、どなたですか…?」
シノハラが戸惑う。
「レンさんの……支援者です」
リミコはにっこりと微笑みながら椅子に腰かけた。
「若手が離職するのは、単なる甘えじゃない。
“この会社に必要とされていない”と感じるからなんです。
指導という名の下に、思いやりが欠けていれば、それは圧力です」
「ですが、それを“教育”と区別するのは難しい」
シノハラは静かに言った。
「そうですね。でも、“やめたい”と思われる環境には、何かが足りない。
それに向き合うことが、会社の成長につながると思います」
リミコの声は柔らかかったが、その瞳には鋭さがあった。
シノハラは黙ったままレンに視線を向ける。
「……配属先との相性に問題があったのかもしれませんね。
今回は、こちらの配慮が足りなかった。
異動も提案しましたが、本人の意思が強いならば…認めましょう」
「すみません……ありがとうございます」
レンが深く頭を下げる。
「あなたがここで通用しなかったからといって、他でもダメとは限りません。
でも、どこに行っても“甘え”ではなく“学び”に変えていく努力は、忘れないでください」
シノハラは少しだけ表情を緩めた。
「応援していますよ」
シノハラも立ち上がりかけたが、ふとリミコに目を向けた。
「……ところで、あなた、入館証はお持ちですよね?」
「……えっ」
リミコは一瞬フリーズする。
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「まあ、今日は助かりました。ありがとうございました」
夕暮れのオフィス街。
リミコとレンが夕日に照らされながら歩いていた。
「未来がリセットされるたび、人は新しくなるのよ」
彼女の頬には、どこか誇らしげな笑みが浮かんでいた。