【序章】リセッターズ出動
「退職は裏切りじゃない。
労働者が自由を選ぶ、ただそれだけのことだ」
ビルの屋上に立つ男が、朝の街を見下ろしながらつぶやく。
赤いスーツに身を包み、マントを翻すその姿は、まるで正義のヒーロー。
「おいおい、またその決めゼリフかよ、タツオ。それ、気に入ったのか?」
隣で缶コーヒーを開けたのは、黒いゴーグルの男。スーツの上に無骨なジャケットを羽織り、腰には名刺ホルダーをぶら下げている。
「うるさい。いい言葉は何度使ってもいいだろ」
そのやりとりを後ろで見ていた女が、くすりと笑う。
「はいはい、おじさんたち、そういうのはミーティングでやって。作戦会議、始めるよ。今回の相手は……デスワーク社」
空気が引き締まる。
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デスワーク社——
“働く者に死を”という噂が立つほど、過酷な労働環境を敷く闇の大企業。
そこに足を踏み入れた者は、70歳まで週休二日で働かされる。
退職届は握りつぶされ、辞めたいと口にしただけで人事のブラックリスト行き。
社内に巣食うは、定時を憎み、有休を敵視し、定年まで働くことを美徳とする古のモンスターたち——
「……そんなバカな、と思うだろ?でも現実だ。オレたちはこの目で見た」
ゴーグルの男——カイトがつぶやく。
「今回は、3人の救出対象がいる。部長、お局、人事の3ボスを突破しないと、奴らをリセットできない」
「でもやる。なぜなら私たちは——」
リミコが胸に手を当てる。
「——リセッターズ。人生をリセットしたい人の、最後の希望だから」
3人はそれぞれのスマホに表示された、今回のターゲットを見つめる。
50代の管理職、薄給の女性事務員、そして新卒の若者。
今夜、彼らは救われるのだ。
「行くぞ。職場に自由を。
退職代行、出動だ!」
朝日に照らされた3つの影がビルから伸びていた。まるでヒーローのように。