1話 空を翔ける彼女と、地を蹴る僕
この世界は人は死んでも、死んだことすら自覚なく生き返る。
僕たち、能力者を除いて。
命を懸けて戦場に立つ僕たちは日々、怪我を負い戦い続けている。
それは優衣、君が隣にいてくれるから。
一か月半前の僕にこんな未来が待ち受けていたことを想像することができただろうか?
僕の慣れ親しんだ高校の校舎は半分が消滅し、僕の生まれ育った街は三十分前ほどで変わり果ててしまった。
僕の耳は崩壊した街から逃げ惑う人々の声、この状況を作り出した悪魔に怯える弱者の声のすべてを拾ってしまう。
だからこそ僕はここで逃げるわけにはいかない。
「優衣!引きずり降ろしてくれ!」
「簡単に言うね」
僕たちの目に映るのはこの僕の故郷の空を悠々と読んでいる竜に騎乗した悪魔、アスタロト。
この街の崩壊はアスタロトの騎獣である竜によるものだが、発せられる圧力からどちらが主であるかなんて考えるまでもない。
「天の翼、地の弓よ、私たちに仇なす獣に星の怒りを!——『天翔地縛』」
ゆいぴょんが専用武器を身に着けた。
真っ白で神々しい艶やかな翼に幾何学的な模様の彫られた二メートルほどの大きさの壮大な弓。
翼をはためかせて空を飛ぶ彼女は本人のその美しさと気高さも相まって、戦場の天使のようだ。
「天が見るなら地も抗え。故郷の怒りを刻み、僕の糧となれ!——『顕録・積津ノ大鎚』」
僕の身に着けているブレスレットが僕よりも遥かに大きい大鎚に代わる。
肩の運動に軽く大鎚を振り回すと空気を切り裂く音がする。
「亜樹、準備はできた?」
「もちろん。僕が突っ込むから、あの竜の対処を重点的にお願いね」
僕たちには時間制限いうものがある。
ゆいぴょんは返事をすることなく、翼を広げ、少し僕から離れた。
「『重律の一矢』」
優衣ぴょんが槍のような大きさの矢を放つと、重力に導かれているかのように竜の鱗を突き破った。
「――ヴォオオオオ……ァァアアアア!」
腹の底から震えるような低重音の響きがあたり一帯を震わす。
アスタロトは僕の街を子供が積み木を何も考えずに崩すかのように破壊していった。
その様子はさながら自分がこの世界の王だと疑っていないかのようだ。
痛みで唸り声をあげる騎獣にアスタロトは自分に逆らう存在を認識し、喜んでいるかのようでもあった。
「行くよ!」
だが、僕はそんなことを気にしない。
優衣ぴょんが背中にいる限り僕は立ち止まらない!
優衣ぴょんの放った矢よりも僕の足は速い。
「『重縛』」
優衣ぴょんが技名を囁くと矢の刺さった竜にかかる重力が跳ね上がり、いっきに態勢を崩した。
そんな大きすぎる隙を前にゆいぴょんの能力で重量が何十倍にもなった大鎚をアスタロトに振るう。
――ヴァン!!
大鎚とアスタロトの持つ蛇の剣がぶつかり、火花が散り、空気が震えた。
振り下ろすようにしてたたきつけた僕の大鎚はただでさえ大きく態勢を崩していた竜を地面へたたきつけた。
大鎚を振り下ろした後、空中で体を捻るようにして二撃目に移る。
とっさの判断で竜を蹴り、地面にたたきつけられることを回避したアスタロトも同じように空中で身を翻しながら二撃目に移った。
一撃目は足場の問題で軽く押しつぶせたが、二撃目は同じ空中戦同士、条件に変わりはない。
――そんなわけがない。
僕には重力を操る仲間がいる。
刃と大鎚がぶつかると同時にアスタロトは地面へとたたきつけられた。
軽くクレーターを作りながら地面にたたきつけられたアスタロトだが、全くダメージが通った様子はない。
ただ、静かに、吠えるわけでもなく目には怒りの炎が灯っていた。
「はぁぁぁああ……」
アスタロトが空気を吐き出し、自分の蛇の剣へと吹きかける。
紫色の縁取りのある黒い靄が広がっていく。
すると蛇が目を覚ましたかのように動き出した。
「――うっ!」
アスタロト側から見れば風下側に立っている僕の鼻にかなり希釈されたはずの吐息が伝わってきた。
鼻の奥がピリピリするような臭い。
間違えなく毒だ。
アスタロトが軽く蛇を振るう。
蛇は鞭のようにしなり、ゴムの様に伸びながら僕を襲う。
例え、強力な毒を吐くような相手だとしても、僕にできることは立った一つだけ、近づいて殴ることだ。
地面に転がった街の大きな残骸を蹴り上げ、蛇に向かって大鎚で打つ。
大きな口を開けながら迫ってきてた蛇の唾液に触れたコンクリートは水に入れた砂糖の様に一瞬にして溶けてしまった。
僕はもう一度大鎚を大きく振るい、大きな風を巻き起こす。
毒ガスの蔓延したアスタロト周りの空気を攪拌させ、一気に距離を詰める。
「矮小な愚か者を一拍遅れた監獄へ誘え――『時哭ノ獄』」
いつ攪拌した空気がもとに戻るか僕には読めきれない。
全力で距離を詰め、思いっきり振りぬいた僕の攻撃はアスタロトの顔面に直撃したはずだった。
「――っ!」
空を切った大鎚の違和感に顔をあげると目の前にはアスタロトの武器である蛇が眼前に迫っていた。
とっさに首を捻り避けようとするが間に合わない!
ただ、何とか顔への直撃は避けるために左腕を何とか割り込ませると小指と薬指に蛇の牙が触れてしまった。
「――っく!」
指先から腐り落ちるように健康な肌色が炭のように腐り、広がっていく。
そんな中でも、次のアスタロトの動きを警戒しなければならない。
アスタロトが距離を縮め、さらに追い打ちをかけようと近寄ってくる。
――早く距離を取らないと!
指の対処もしないといけないし、そろそろアスタロトの吐き出した毒の濃度がどんどん高まってる!
距離を縮められないようにと威嚇するように大鎚を振り上げると再び、空気が浄化されたような気がする。
だが、アスタロトは気にせず距離を縮めてくるようだ。
「――イタッ!」
僕が振り上げた腕の左腕に何かが強くかすめるような感覚があった。
――矢だ!
ゆいぴょんが僕の小指と薬指に見切りをつけて、正確に二本の指を削り取った。
あまりに急な痛みに思わず大鎚を振り上げた状態で手放してしまった。
だけど都合がいい。
距離を縮めて蛇を振るおうするアスタロトの蛇の首を右手でつかみ取り、腰を捻って地面にたたきつけ、その反動を使って、手放した僕の目の前で自由落下をしている大鎚に後ろ蹴りを叩き込んでアスタロトへ飛ばす。
僕の動きは偶然を巻き込んだ即興によるもの。
この動きを読めるはずがない。
なのに、アスタロトはいつの間にか大鎚の軌道線外に避け、僕に殴りがかっていた。
大振りな攻撃には大きな隙が生まれる。
僕の無防備な背中にアスタロトは無慈悲に拳を叩き込んだ。
「――ガハッ!」
違和感が生じる前の口上といい、今回の動きの不可解さ。
これまでの攻防を見るに先ほどの攻撃をよけるほどの身体能力をアスタロトは持っていないはずだ。
間違いない。
アスタロトは任意で過ごしの時間だけ時間を止めることができる。
きっと能力に何かしらの制限があるのだろう。
無いならもっと多用するはずだ。
地面に叩きつけられながら、右手に掴んでいたへにが僕の腕を噛もうと体を伸ばしていたので慌てて手を放し、飛びのく。
厄介な能力だ。
おそらく連続して能力を使うにはタイムラグが生じるのだろう。
タイムラグがないならさっきの場面で連続的に使用して形勢を決めておくべきだった。
左腕の手のひらからひどい出血がある。
これは本当に時間との戦いだな。
そっと空を仰ぎ見る。
あと、三十秒ぐらいかな?
あと三十秒堪え切れれば僕たちの勝ちだ。
優衣ぴょんが僕が蹴り飛ばした大鎚を回収しに飛び回ってくれている。
いろいろ細かいところに気が利いてくれるから大好きだ。
少しアスタロトから離れたところから思いっきり空気を吸い込む。
大量に吸い込んだ空気の中に思った以上にアスタロトの毒ガスが多く眩暈がする。
だが、あと少し、優衣ぴょんが背中に控えてると思えば立ち上がる力がもらえる。
「――フゥーーー!」
思いっきり空気を吐き出しながら圧倒的に不利な格闘戦に移行する。
僕を馬鹿にするような目つきでアスタロトは蛇を振るう。
迫りくる蛇を僕は避けない。
左腕の手の平で受け止めて、握りつぶす。
僕の大鎚をぶつかり合うことができる蛇だ。
そう簡単につぶせるわけがない。
それでも、思いっきり握り、少しの間行動不能にして右手でアスタロトに殴りかかった。
アスタロトは僕の行動に驚いたそぶりを見せるものの、すぐに嘲るような視線を送ってくる。
当然の様にアスタロトは僕の攻撃をよけ、決死の攻撃を仕掛けた僕を返り打ちにしようとこぶしを握る。
そんなことわかりきっている。
僕を嘗めるなよ。
僕は本気で生きてる。
もちろん、こいつに殺されるつもりなんて毛頭ない。
アスタロトのこれまでの行動的に蛇を掴んでる左側じゃなく、右側によけ、そのまま攻撃しようとしてくるだろう。
だからすぐに腕を引き、顔から横腹どこに攻撃が来ても良いようにガードを固める。
「読めたぞ!」
ガードの上から僕を殴りつけたアスタロトの攻撃は重い。
だが、覚悟はできていた。
「――僕は強いんだ!」
息をつく暇もなく後ろ蹴りを叩き込む。
左足に感じる確かな感触。
僕の読み通り、アスタロトの時間停止にはタイムラグがあるようだ。
かなりいい蹴りが入ったと思う。
だが、その代償に蛇の毒が僕の左腕に侵食し、肘辺りまで炭の様になってしまった。
腕を高く掲げると優衣ぴょんが左腕を弓で射抜いて切り落としてくれた。
「……そろそろかな」
僕は全力でアスタロトから距離をとり、優衣ぴょんにアイコンタクトを送った。
ゆいぴょんはうなずくと両手を上に挙げて腹に力をためる。
「……天に浮かぶ星よ、地に降り、災厄を穿て――『流れ星』」
ゆいぴょんの必殺技、隕石が空から降りアスタロトに降り注いだ。
いくら時間を停止できるにしても避けきれない。
天から降り注いだ隕石はコンクリートジャングルだった僕たちの街を捲りあげ僕の見慣れた故郷は四十五分ほどで何もない更地へと変貌した。
最後までお読みいただきありがとうございました!
次回は、1か月前の二人の出会いから進んでいきます。
よければ感想などいただけると励みになります!