最終話 こたつの行方は……
全ての挑戦者が立ち去った後、広間の中にさっそうと一人の貴婦人が入って来ました。
その婦人を目にした兵士たちはあわてて気をつけをし、他の家来たちは口をつぐみました。
婦人はつかつかと広間を横切りますが、王さまも大臣もタツコ姫も、なかなかかのじょに気がつきません。
婦人は、タツコ姫が入ったこたつの前でぴたりと足を止めました。
気だるげな顔でマンガを読みふけっていたタツコ姫は、そのとき初めて婦人の登場に気づきました。
タツコ姫は婦人の顔を見て、心臓が止まるほどおどろきました。かのじょが、今ここにはいないはずの人物だったからです。
婦人はがっしりとこたつの天板に手をかけ、大きな力をこめてふとんごとそれをひっぺがします。
「――――タツコ! いいかげんにしなさぁぁいっっ!!」
婦人の手によって、こたつの天板はくるくると飛んでいき、その後を追うようにしてふとんもはがされました。それを見たこたつ職人の男は、あんぐりと大口を開けました。
後に残されたのは、むきだしのこたつのテーブルの下で身をふるわせるタツコ姫です。
「マ、ママッ!? 外国に行ってたんじゃなかったの?」
そのときには、さすがに王さまも大臣も婦人――お妃さまの登場に気がついていました。
特に、王さまは顔を真っ青にしてだらだらと冷や汗を流していました。
「用事が終わったので、早めに帰って来ました」
お妃さまは、タツコ姫の問いにそう答えました。
この二か月近くの間、お妃さまは外国の見学に出かけていました。本来であれば、ここ北の王国に帰って来るのはもう一週間以上あとの予定でした。
お妃さまはタツコ姫のぐうたらな姿を見て、なやましげなため息をつきました。
「正解だったわ。もうすぐあなたの社交界デビューだっていうのに、まさかこんなことになってるなんて……」
タツコ姫はこたつを手に入れてからというもの、社交界デビューのためのダンスやれいぎ作法のレッスンをずっとサボっていました。
お妃さまは、家来からそのことを聞いて知っていました。
「……あ、明日から本気を出そうと思ってたのよ」
「おだまりなさい。それは、いつまでも本気を出さないやつが言うセリフよ」
タツコ姫の言いわけを、お妃さまはぴしゃりと切ってすてました。
「――いつまでそうしてるの? さっさと立ちなさい!」
「は、はいっ!!」
お妃さまにしかられて、姫はついにこたつから出て立ち上がりました。久しぶりに自分の足で立った姫は、足元がおぼつかないようすでした。
パチパチパチパチ……!
王さまはそんな二人のようすを見て、はげしく両手を打ち合わせました。
「い、いやぁ! 姫がこたつから出てくれて良かったのう。これにて一件落着じゃ! ……では、わしはこれで……」
そう言うと王さまはイスから立ち上がり、そそくさと広間を出て行こうとします。
「――あなた?」
「ぎくぅ」
しかし、そうは問屋が――いえ、お妃さまが許しません。
お妃さまに冷ややかな声で呼ばれると、王さまはぴたりと足を止めました。そして、ぎぎぎ……と、ぎこちない動きでお妃さまの方に向き直ります。
お妃さまはそんな王さまの動きを、うでを組んで見守っていました。
「――私、あなたにお願いしましたよね? タツコの社交界デビューの準備をお願いしますって。あなたはなんとおっしゃいました? 『任せておけ』そうはおっしゃいませんでしたか?」
「お、おお、おっしゃいました」
王さまはこわれたロボットのようにブンブンと首をたてにふりました。
「……聞けば、こたつを買い与えたのはあなただとか。――こうなることが予想できなかったのですか?」
「は、ハイ。わしは、姫のために良かれと思って……」
お妃さまは王さまの言いわけを聞くと、深々とため息をつきました。
「見ぐるしい。それでも一国の主ですか」
「めんぼくない……」
お妃さまの歯にきぬ着せぬ物言いに、王さまはがっくりとうなだれました。
もはや、この場を支配しているのは王さまではなく、お妃さまでした。
お妃さまは、はっきりと今後の方針を発表します。
「こたつはぼっしゅうします。今後は、私の部屋でのみ使用を許可します」
「そんなぁ」
タツコ姫がなげきの声を上げますが、お妃さまはツンと顔をそむけました。
お妃さまは近くの家来に命じて、こたつを自分の部屋に運ばせます。
「……あ、そうそう」
その後、お妃さまは思いだしたように、王さまとタツコ姫の方に向き直りました。
「外国でおもしろいおもちゃを買いました。テーブルの上で四人でやるゲームです。頭のたいそうにもよろしくてよ。あなた、タツコ、ディナーのあとにでも一局いかが?」
王さまとタツコ姫はお妃さまの言葉を聞くと、二人で顔を見合わせてきょとんと首をかしげました。どうやら、ピンと来ていないようすでした。
お妃さまはそんな二人を見て、ふっと目元をゆるめました。
「――みんなでこたつを囲むと、ちょうどよさそうなのだけど」
お妃さまがそのひと言をそえると、二人はたちまちに反応しました。
「やる! もちろん!」
「わしもやるぞ!」
お妃さまはにっこりとほほえみました。
「一人メンツが足りないわねぇ。大臣、あなたも来なさい」
「……せんえつながら、同席させていただきます」
その後、王さまとタツコ姫は、お妃さまが外国で買った「マージャン」というゲームで、ボロ負けにボロ負けを重ねたという話です。
こうして、タツコ姫は無事にこたつの中から出ることができました。
王さまにこたつを買いあたえられてから、実に十六日めのことでした。
この一件で名を上げた魔道具職人の男は、その後はお城のお抱えの職人となりました。
お妃さまが、姫をこたつから出したごほうびとして、王さまから何を手に入れたか。それは、また別のお話です。
めでたしめでたし。
〜おしまい〜