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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

【コミカライズ化】死んだ目をした悪役令嬢は同じく死んだ目をした悪役侯爵に嫁がされる。

 

 それは唐突な出来事だった。

 私という人間はいったい何処まで運がないのかと頭を抱えるような不幸の連続の果ての結末。


「セレーナ。僕はお前との婚約を破棄する!」

「はぁ〜〜〜〜〜?」


 思わず貴族令嬢らしからぬ声を出してしまった私だが、これには訳があるので説明させて欲しい。

 まず、ドヤ顔で婚約破棄を突き付けてきたのは幼馴染であり婚約者でもあるユーリウス第二王子。

 いかにも王道な白馬の王子様みたいな金髪碧眼の風貌をしたイケメンだ。

 そして、彼の傍らに守られるように立って潤んだ瞳で怯えるように私を見ているのが男爵家令嬢のコリン。庇護欲をくすぐる小動物のような栗色髪をした少女である。


「お前がコリンをいじめていたことも、僕らを引き裂こうとしていたことも知っているぞ」

「ユーリウスさま……」

「安心してくれコリン。君はこの僕が守るから」


 目の前で始まった寸劇に近くにいた野次馬貴族達がゾロゾロと集まってくる。

 定期的に城の庭園で行われる大規模なお茶会だから変なことはしてこないと油断したのが間違いだった。

 これだけ大勢の目の前で宣言されれば弁明や口封じをしようとしても手遅れだろう。


「あぁ、もぅ……。こんなことなら転生なんてしなければよかったのに」


 私の呟きは誰にも届くことなく虚空に消えた。



 ◆



 公爵令嬢のセレーナは日本にいた頃に読んだ恋愛小説に出てくる悪役の名前だ。

 憧れていた都会のオフィスビルでバリバリと働くキラキラした大人になりたいという夢を持っていたが、大学卒業後にベンチャー企業と名ばかりのブラック企業に社畜として就職。

 田舎に戻りたくても自分で決めた上京だったし、それだけの覚悟をしたつもりだったが気がつけば家と会社を往復するだけの生活になってしまっていた。

 部屋に溜まる捨て損ねたゴミ。通販で買った商品が入っていた空のダンボール。

 それでも必死に働いていた私の娯楽がラブロマンス小説などのエンタメだった。

 恋や結婚なんて現実じゃ手が届かないんだから想像の中くらい許して欲しかった。

 その一つが『僕とわたしにはキミしかない』こと『僕わた』である。

 いつか自分もこんなピュアな恋愛がしてみたいな〜と叶わない夢のことを思考えていた矢先に過労で気絶した私は目が覚めると別人の、それも小さな子供の姿になっていた。


「なんでよりにもよってセレーナ!?」


 鋭くつり上がった目。別に何も考えていないのに自然と他人を睨みつけるようになった紫紺の瞳にはハイライトが無くて死んでる。

 どこからどう見ても悪役顔の危ない女だ。

 おまけに笑い声が「オーホッホッホッ」で固定されてるし、第一印象からして最悪の部類ね。


「はぁ……なってしまったものは仕方ない。だったらセレーナのままでも幸せになるのよ。」


 ここが物語の通りの世界ならセレーナは最後、両親から勘当されて罰としてこの国で一番悪名高い辺境の侯爵家に嫁がされて奴隷のように扱われ太陽の光を浴びることなく飼い殺しにされてしまう。

 前世で過ごした日本よりも人の命が軽い世界だからこそ私は辛い運命を辿らないようにしようと強く決意をした。

 我儘で他人をイジメるのが趣味な悪役令嬢セレーナと違って真っ当な人生を送ってささやかな幸せを手にしよう!


 と、思っていたのに……。


 最初に違和感に気づいたのは私がユーリウスと婚約をした時だった。

 原作ではお城で初めて会った王子に一目惚れしたセレーナが親に我儘を言った結果、ユーリウスと婚約することになる。

 なので私はそんな我儘を言うことなくお利口でお淑やかな振る舞いをして初対面のイベントを乗り越えたのだ。

 愛想よくしつつ、それでいて過度にユーリウスと親しくしない。これで原作通りになることはない。

 口の表情筋が筋肉痛になるくらい頑張って優等生を演じ切った自分に主演女優賞を与えたいくらいだ。

 ところが、数日経って両親がニコニコで婚約が決まったことを報告してきたのだ。


「うちの娘が王妃になるなんて素晴らしいわ!」

「くくくっ。他の候補者なんて我が家の権力の前では無意味なのだ」

「これで公爵家の未来は安泰ね」

「気に食わん連中を一掃してやることもできるな」


 なんということだろうか。

 悪役令嬢の親である二人は娘の我儘無しでも権力や強い影響力を手にしたい強欲な人物だったのである。

 まぁ、貴族としては間違っていないし、野心があるのも悪いことではなく、向上心があると捉えればいいが娘の私の意見は無視されているのでこの場合は原作セレーナの方が幸せだったのでしょうね。


 しかし、なってしまったものは仕方ないので私はユーリウスの婚約者としての立場を渋々受け入れることにした。

 礼儀作法から各国の文化や要人について学んだりと王族になるものとして相応しくなれるように努力しつつ、今度こそ原作ストーリーをなぞらないように我慢して生きてきた。

 前世のお茶汲みや来客対応、秘書擬きとして各種のイベントに連れ回された経験のおかげでなんとかなりはしたがそれでも幼い体には重労働だった。


「なんだか、セレーナのこと苦手だな」

「はい? なんて言いましたか殿下」


 ポツリと彼が呟いたのは招待された有力貴族の結婚式の場だった。

 私と彼は婚約者同士として同じテーブルの席についていたのだが、周囲から祝福されて幸せそうにする新婚夫婦を見ながら彼は言った。


「あんな風にお互いを心の底から愛し合える姿こそこの世で一番美しいものだと思うんだ」


 何言ってるんだこの男は? と思った。

 確かに目の前の新婚さんは幸せそうだが、これはキチンと周囲から理解を得た結果であるし、この夫婦がお互いに気に入って純愛を貫いたところで両家にメリットがあると判断された極めて珍しいケースだ。

 一国のトップである王族とそれに次ぐ公爵家に求められるものじゃない。

 隣の芝生がいくら青く見えてもそちらには住めないのだ。


「僕は彼らが羨ましいよ」


 悲壮感を出しながらそれっきりユーリウスは口を閉じてしまった。

 いや、なんでそれをわざわざ私がそばにいるのに喋った。嫌がらせか? 嫌がらせなんでしょ! と襟首を掴んで揺さぶって往復ビンタをしてあげたかったけど我慢。

 きっとまだ思春期になったばかりで世間や現実がよく見えていないのだと自分に言い聞かせた。

 前世の年齢をプラスすれば私の方がずっと年上なのでここは大人な態度で聞かなかったことにしてあげよう。

 彼がロマンチックな恋を羨むのなら少しずつ関係を改善して親しくなればいい。そしたらいずれ、私もいつかユーリウスを心から愛せるようになると思うから。


 なーんて思っていた時期が私にもありましたよ。

 関係者各所に彼が好みそうなものをリサーチしていくつか候補になりそうなものを集めて、反応を伺いながら彼の好みに寄せようとしました。

 私だって白馬の王子様が嫌いなわけではないし、プリンセスになれるならなってみたいなと思った。

 面倒でネチネチした家庭教師や親からの叱咤激励もブラック企業時代に鍛え上げた忍耐力で我慢してきた。

 いつかキラキラ自分になれる。この努力は報われるってそう思い込まなきゃやってられないくらいに。


「コリン男爵令嬢……。なんて可愛らしい子なんだろう」


 ユーリウスの誕生日パーティーで遂に現れたヒロインを見て私と腕を組んで歩いているはずの彼の口からまさかの言葉が出てきた時には淡い恋心も冷めて凍りついた。

 隣で腕組んで仲良しアピールしながら歩いているのになんだって!? その口を縫い付けて差し上げましょうか!?

 積み上げた努力も、築き上げた信頼関係も全部無駄になるのかと物語の持つ強制力を目の当たりにして怒りが込み上げる。

 これ以上の悪化を防ぐためせめてもの抵抗としてユーリウスとコリンが親しくならないように二人が会う機会が減るようスケジュール調整したり、コリンの恨みを買って断罪イベントなんと起きないように注意を払いながら行動すると決めた。



 ♦︎



「散々手を回してその結果がこの仕打ちなんてざまぁないわよね……」


 揺れる馬車の窓から遥か遠くに去り行く故郷を眺めながら私は自虐的な笑みを浮かべる。

 この馬車の行き先は『僕わた』の原作ラストと同じ辺境の侯爵家だ。

 あのお茶会の場での婚約破棄騒ぎは大勢の人間に目撃されて社交界全体に瞬く間に広まった。

 後始末は面倒だが、しっかりと話し合いの場を設けて事情を説明しようと私は切り替えたのだが、関係者が集まった席でユーリウスとコリンは更なる爆弾を落とした。


『わたしのお腹にはユーリウスさまの赤ちゃんがいます』

『僕はコリンとそのお腹の子のために責任を取るつもりです。真実の愛に目覚め、導かれた僕らの関係は誰にも邪魔はさせません』


 その場にいたあの二人以外の関係者全員の思考がフリーズした音が聞こえたのを覚えている。

 私だって呆れてものを言えなくなった。

 詳しく話を聞くとコリンに初めて会ったあの日からユーリウスは私の目を盗んでは彼女に会いにいったそうだ。

 コリンの方もまさか王子が自分に好意をもって接してくれるとは夢にも思わず二人の愛と情熱は加速していった。


『セレーナは僕らの邪魔をしてコリンをいじめていた。そんな女の顔なんて見たくない』

『わたし言われたんです。あなたのちっぽけな家なんて公爵家の力で簡単に潰せるんだぞって』


 もうね、絶句したわよ。

 そんな事を言った覚えもないし、コリンとは接触をなるべく避けて直接喋ったのも挨拶程度だったから。

 怯えユーリウスに抱きつくコリンの姿に舌打ちが聞こえたので振り向いたら顔を凄く真っ赤にした私の父がいた。

 いや、アンタかい! 私がせっかく上手く立ち回っていたのに余計なことしてくれましたねこの糞お父様!! 禿げてヅラを被ってるの晒してあげましょうか?

 こうして話し合いの場は終始ユーリウスとコリンが主導権を握って話が進み、私と彼との長い婚約者関係は解消されることになった。

 当然、格下の男爵家に負けたことが腹立たしい父は私を捲し立てるように責めたて、ユーリウスを籠絡できずに婚約破棄された私を母はこれでもかと罵り、怒りで茹でたタコみたいになった両親から勘当を言い渡された私は辺境の地に嫁入りを命じられた。

 二度と実家の敷居を跨ぐことすら許さないとまで言われて私は天涯孤独になった。


「これがあの侯爵家でなければ田舎でスローライフ万歳って喜べたのかな……」


 今更愚痴を言っても仕方がないのだが、こうして『僕わた』の物語はヒロインとヒーローが結ばれて悪役令嬢が懲らしめられてめでたしめでたしのハッピーエンドというわけだ。


 胸の奥からこみ上げてくるものを我慢できなくなったこの時、私は初めて自分の中に残っていた何かがポッキリと音を立てて折れたような気がした。



 ◆



 いくつもの領地を跨いで何日もかけてようやく王国の端にある侯爵家の土地に辿り着いた。

 強く吹く風の中に磯の香りがするのはこの場所が海に近いからである。

 私がこれから一生を過ごすお屋敷は年季を感じさせまるで監獄のような雰囲気すらある。崖の上にあるせいでちょっとしたドラマで犯人を問い詰めるシーンの真似がしやすそうだ。


「お荷物は部屋に運んでおきます」


 老年の御者はそう言って私を玄関の前で降ろすとそそくさと何処かへ移動した。

 誰も出迎える人がいないところから察するに私は侯爵家に歓迎されていないようである。

 まぁ、厄介払いされた女の扱いなんてこんなもの。ここが私の人生最後の一ページだ。


「お邪魔しまーす」


 ドアノブを握って扉を押し込む。

 建物の内側に扉が開くとまず最初に広い玄関ホールがあって二階に昇る階段が左右にあった。


「あの〜、誰かいませんか?」


 外の天気が曇り空のせいか、日光を取り入れて照明代わりにする作りの玄関は薄暗くて不気味だ。おまけに崖の上だから風が強くて寒い。

 おそるおそる足を踏み出してゆっくり中に入る。


「お前がセレーナか」


 声が、


 突如として、


 背後から聞こえた。


「きゃあああああああああああああああっ!?」


 ビックリした私は悲鳴を上げながら腰を抜かして地面に座り込む。

 頭を押さえながらガクガク震えて振り返ると、そこには私を上から見下ろす大きな影が……。


「ようこそ花嫁さん」


 ニヤリと不敵な笑みを私に向けていた人物は長身で幽霊のような肌の白さをした黒髪の男だった。

 この人物を私は知ってる。『僕わた』の中でコリンを襲おうとしてユーリウスに邪魔をされ、ラストで嫌がるセレーナに首輪をつけてサイコパスに笑いながら闇に閉じ込める挿絵のあるもう一人の悪役エヴァンだ。


「っ〜〜〜!!」


 パニックになって地面を這う虫のように逃げようとする私。

 貴族令嬢がやっちゃいけないような体勢だけどそんなこと気にしている場合じゃない。


「こ、殺さないで! 痛いのも暗いのも嫌っ!!」


 ありったけの声で命乞いをする。

 結末を知っているだけに心構えをしていたはずだったのに実物を見ると全部意識から抜け落ちた。


「ま、待て! 何もしない。俺は何もしないから泣き叫ぶのをやめてくれ!!」


 伸ばされた手が私に首輪を付けるのかと思ったら意外にも声の主は両手をワタワタとさせながら狼狽していた。


「俺は悪役侯爵じゃない!」



 ♦︎



「落ち着いたか?」

「お見苦しいものをお見せしてすみませんでした」


 場所は変わって侯爵邸の応接室。

 テーブルを挟んでエヴァンと向き合う形にソファーに座る私は頭を下げた。


「ったく、声をかけただけであそこまで叫ぶかよ普通」

「おっしゃるとおりです……」


 恥ずかしさで顔を赤くしながら私は俯いた。

 初対面の相手にあんな態度をとるなんて失礼にも程がある。

 いや、でもね、怖かったですよ主に顔が。


「遅れて着くって連絡があってもしやと様子を見に来たら……」


 ここに来るまでの間、大雨の影響で途中の宿場町に数日滞在することがあった。

 本当なら屋敷の全員で私を迎え入れようとしていたが、日程がズレたので諦めたのだとか。

 それで今日も庭を散歩していたら私が屋敷に入る姿を見て案内するために慌てて戻ってきたのだとか。


「お出迎えありがとうございます」

「いや、もういいから頭を上げてくれ」


 やれやれといった様子で溜め息を吐くエヴァン。

 三白眼で濁った黒い瞳をしている彼の疲れた表情は同年代なのを忘れてしまうくらいに老けて見えた。

 血色が悪くて青白い肌なのが不健康さを際立たせているのかもしれない。

 とりあえず気不味くなった私は誤魔化すように話を切り替えることにした。


「あははっ……それにしてもエヴァン様って聞いてた噂と比べて気さくな方なんですね」

「噂?」


 器用に片眉を上げて私の話に乗るエヴァン。

 私が『僕わた』で知っている彼や顔を合わせるまでに周囲から聞いていた彼の評判と目の前のエヴァンにはイメージのズレがあった。


「えっと、女好きでサディスティックな趣味をお持ちの守銭奴という……」


 辺境伯に気に入られた女は一生太陽の下に戻れない。

 捕まったら最後、おもちゃのように扱われて壊れたらバラバラに解体されて魚の餌にされる。

 そんな恐ろしい設定のキャラだったはず。


「……はぁ。アンタもそういう噂を信じるタイプなのかよ」


 帰ってきた反応は呆れたような深い溜め息だった。

 そんな落ち込んだエヴァンの姿に私はシンパシーを感じた。


「確かに俺の祖父の代まではろくでなしが多かったが、拷問してたのは他国から紛れ込んだスパイから情報を吐き出させるためだし、女好きってのは嫁探しで手当たり次第に声をかけていたからだ。辺境だと中々見つからなくてな。守銭奴ってのは俺の家が金貸した連中に返済期限過ぎてるから取り立てしたら嫌がらせに吹聴されたやつだな」


 苛立つようにガシガシと頭を掻きながらエヴァンは「つまり!」と付け加える。


「俺は世間が思うような悪役貴族じゃねぇ! こっちは全部息子に領地経営押し付けてさっさと隠居した親のせいで苦労しているんだ! そんな暇なことしてる時間なんてないんだよ!」


 きっと彼の心からの叫びだった。

 不機嫌な顔が標準になってしまうくらいにはこれまで何度も同じ話を聞かされたのだろう。

 そしてうんざりとした表情で彼がボソッと呟いた言葉を私は聞き逃さなかった。


「悪役侯爵になんて転生するんじゃなかった……」

「っ!? 今なんて!?」


 弾けるように立ち上がった私はテーブル越しに彼に詰め寄った。


「あっ、いや、俺はその……」

「あなたもしかして、前世の記憶があるの!?」

「な、なんでそれを!?」


 私が口にした言葉に彼は驚いていたが、私だってビックリしている。


 転生。


 それは『僕わた』の世界でセレーナになってから一度も他人から聞いたことのない言葉だ。

 そもそもこの世界の宗教観だと死者はあの世で永遠に静かに暮らすというものだ。

 だから記憶や魂が引き継がれて人生を繰り返す転生という概念そのものがない。


「私がそうなの。違う世界からやってきた異世界転生者ってやつ!!!!」


 それから私はエヴァンに自分が日本で暮らしていたこと、いつの間にかセレーナとしてこの世界に転生していたことを説明した。

 彼は私の話を妄言だと否定することもなく真剣な目で受け止めてくれた。

 興奮の熱で口が止まることはなく、喉の渇きを感じた頃には外が暗くなっていた。


「……なるほど。まさか俺と同じ転生者がいるなんて思わなかった」

「私もよ。しかも同郷の日本人だなんて」


 淹れ直した紅茶を飲みつつ私とエヴァンはお互いの数奇な人生について語り合っていた。


「本当に苦労するよな。勝手に周りがアレコレ動くせいで勘当されるなんて」

「そっちこそ身内の後始末に赤字だった領地経営の立て直しなんてよく投げ出さずに頑張ったわね」

「まぁ……この土地が日本の故郷に似てるんだよ。それで愛着もあって」


 悪役令嬢と悪役侯爵。

 最初はお互いを噂や評判だけで決めつけて警戒をしていたが今ではすっかり打ち解けていた。


「いいわね。私も田舎生まれで都会に憧れたけど結局は社畜だったのよね。意地を張らずに田舎に帰ればよかった」

「俺は憧れがあったけど勇気が出なくて田舎暮らしだったよ。セレーナはよく頑張ったと思うな」


 前世でのプライベートにも踏み込みながらお互いの苦労話を語り合う。

 趣味も重なる部分が多くて、エヴァンは間違って買った『僕わた』を勿体無いからと律儀に最後まで読んだらしい。


「まさか恋愛小説のキャラになるなんてな。しかもよりによって悪役侯爵とか」

「わかる〜! 私だってどうせならコリンみたいなヒロインに……いや、運命の相手がユーリウスなんてお断りだわ」

「凄い顔になってるぞ。苦労したんだな」


 似たような境遇で人生を過ごしてきたおかげなのかエヴァンとは話の馬がこの上なく合った。

 今までのこうしなくてはならない、あぁなってはいけないといったような強迫観念もなくリラックスして喋るのだ。


「ねぇ、私ってば婚約破棄されて親から勘当もされているんだけど暫くこの屋敷に置いてくれないかしら? 花嫁修行以外にも色々やってきたから役立つと思うのよ」

「全然構わないさ。俺も懐かしい日本のこととかを話せる相手が欲しかったし。貴賓室なんていくらでも余ってるから気が済むまでいるといい」

「ありがとう! 助かるわ」


 何も持ち合わせていない私だけどエヴァンはそんな私を受け入れくれた。

 これは何か恩返しをしないといけないわね。

 そうだ! 港があるなら市場もあるだろうから懐かしい日本の料理を作ってみるのはどうだろう。


「本当に今日は素晴らしい日だわ。オーホッホッホッ!」

「全くだよ。クハハハハハーッ!」

「「いや、その笑い声何!?」」


 お互いの癖の強さが愉快過ぎてその日は時間も忘れてお喋りするのだった。



 ♦︎



「セレーナ。ここにいたのか」

「あら、エヴァン。何か用かしら?」


 私がエヴァンの家で厄介になるようになってからそれなりの月日が経った。

『僕わた』の世界による運命の強制力のようなものは物語の完結と共にその影響力を失った。


「王都の方から色々と手紙が届いていてな。君に伝えたい面白い話もあった」

「何があったの?」


 私はエヴァンから渡された手紙を開いた。

 実家からは顔を出すなと勘当されたので王都近郊には近寄らずにずっと侯爵領で過ごしていたので最近の国の内情には疎くなってしまった。

 いくつもの内容が書かれた手紙の中でまず目に入ったのは第二王子の海外留学についてだ。


「他国の政策や文化を深く知るためにユーリウス第二王子を海外へ派遣する。期間は未定……」

「過去の似たような事例だと十年単位で戻れないな。どうやら陛下はその間に次期国王の座を第一王子に譲る決心をしたらしい」


 ユーリウスには年が近い兄がいて二人は王位継承権を巡って争っていた。

 私の実家はユーリウス派で婚約をしていた時は支持者の関係で優勢だと伝えられていたが、立場が変わったらしい。


「支援者の増加が後押ししたのだろうな」

「よく言うわよ。自分だって第一王子派閥なのに」

「だって、セレーナを泣かせた奴が上司になるとか嫌だろ普通」


 田舎にいて王族や継承争いに消極的だった貴族達をまとめ上げて天秤を傾けたのはエヴァンの功績だった。

 幸いにも前世で経理だったり数字に詳しかった私の手助けもあって侯爵家の財は潤っていたので力になれたようだ。

 逆にユーリウス派は最大の支持者である公爵家を失って立場が危うくなったらしい。


「物語だと二人が結婚したところで終わっていたからな。その後については別なんだろう」

「やっぱり人生はそう甘くないってことね」


 物語による運命力も二人が結ばれたところで効果が切れたのか。

 読者としては残念なところもあるけれど、真実の愛を手にしたんなら苦難や困難を乗り越えられるわよね?


「お次は……コリンの実家の男爵家が取り潰し? 何やったのよあの家」

「貧乏貴族だったのが王族の仲間入りしたのを機会に融資を受けて大博打をしたらしい。結果、大失敗して王家から見捨てられたそうだ」

「……ドンマイね」


 娘が王子と結ばれるのって宝くじの一等が当たるようなものだからそれで調子に乗ってしまったのね。

 いきなり大金が入ると金銭感覚が狂うっていうけど恐ろしいことだわ。


「コリン本人はどうなるのかしら?」

「第一王子派閥からは嫌われていたし、第二王子派閥からも失脚の原因として恨まれていたからな。身の安全を守るためなら留学についていくべきだが……」


 エヴァンが言葉を濁す。

 手紙の内容に再度目を通すと、王位継承争いに負けたせいでユーリウスとの仲が悪化したらしい。実家のこともあり、一から王族教育を受けるのにも大変苦労したと書いてある。


「これなら離縁して修道院に入るパターンが一番マシね。私ならそうする」

「やっぱりそうなるか」


 権力争いのゴタゴタに疲れたり訳あって立場が危うくなった人が出家するのは何処の場所でも同じなのだ。

 私だって同じことを考えたこともあるけれど、こうして辺境に送られたほうが結果的に幸せだった。


「俺の密偵が調べたところ、コリンは実家の再興のために王子と親しくなったようなものだしな。帰る家がないならその方が本人のためか」

「かわいい小動物のフリして強かな子だったのね。白馬に乗った鴨が葱を背負って来たようなものだから無理もないわね」


 私も一時期は騙されそうになったし、人のことは言えないか。


「うちの実家は相変わらずあちこちから干されているわね」

「仕方ないとはいえ、第一王子派閥に敵を作り過ぎたんだよ」


 婚約破棄されて同情してくれる貴族もいたかもしれないが、それにしてもあの両親は悪どい手段を使い過ぎた。

 そのせいで誰にも相手をされず権力争いレースからは完全に脱落したようである。

 ちょっとだけざまぁみろと胸がスカッとした。

 今更こっちに擦り寄ろうとされても絶縁状態みたいなものだし無視するつもりだし。


「これから忙しくなるぞ。新しい陛下はうちに新しい貿易国の対応を頼むつもりだからな」

「エヴァンがマルチリンガルだからよ。おかげで私もとっても大変なんだからね」


 二人で領地の未来についてあれこれ話していたら私の腕を軽く引っ張る小さなお姫様がいた。


「あら。お昼寝から起きたのねユミナ」


 寝起きのせいで両親譲りのつり目がムスッとしている。

 全く、どっちに似たんだかわからない娘だ。


「はいはい。抱っこしてあげるから機嫌を直してちょうだいな」

「ユミナ。今日はパパもママも一緒に遊んであげられるぞ!」


 ユミナを抱き上げた私ごとエヴァンが抱き締める。

 例え『僕わた』という物語が終わりを迎えたとしても、私達の人生という物語はまだまだ道の途中。

 今はただ、家族で笑い合えるささやかな幸福を噛み締めながら無理をせずに毎日を生きましょう。




誤字脱字報告をいつでもお待ちしてます。すぐに修正しますので。


コミカライズ化しました。2025年4月08日(火)発売の【不遇令嬢な私の幸せ計画~溺愛ルート確定演出ですわ!~アンソロジーコミック】に収録されます。

詳細は活動報告または作者Xにて。

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コリンの赤ん坊がいるってのはパチこいてたんかね?
[気になる点] 『ユーリウスは私(セレーナ)の目を盗んでは彼女に会いにいった』のに、どうして『お前がコリンをいじめていたことも、僕らを引き裂こうとしていた』ってなるの? 目を盗んでできてたら、そもそ…
[良い点] セレーナとエヴァンの苦労が報われたと確かに感じられる結末 愚か者たちが勝手に失墜していくのも因果応報で良かったです [気になる点] コリンの腹の子がどうなったか記述がなかったので(見落とし…
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