第一話 練習試合
僕の名前は三国園義。三国志が好きなことを除けば、どこにでもいる小学六年生だ。
今日は高校生のお兄ちゃんに連れられて、とある喫茶店にやってきたよ。
兄「さあ、着いたぞ、エンギ」
エンギ「お兄ちゃん、今、ご飯なんて食べちゃったら晩御飯食べられなくなっちゃうよ」
兄「ここにはご飯を食べに来たわけじゃないぞ。
この喫茶店『桃園』は三国志大好きマスターの店なんだ。そして、今日ここでは『三国志カードバトル』が開催されるんだ!」
エンギ「え〜『三国志カードバトル』だって〜!」
兄「そうだ。この『三国志カードバトル』は三国志知識が物を言うバトルだ。小学生ながら高い三国志知識を持つお前にぜひ参加させようと思って連れてきたんだ」
エンギ「でも、僕、カードバトルなんてやったことないよ。できるかな〜」
兄「このカードバトルは至って簡単、誰でも遊べるんだ。さあ、付いてこい」
エンギ「待ってよ、お兄ちゃん〜!」
僕はお兄ちゃんを追っかけて喫茶店に入って行った。喫茶店の中に入ると、そこには大人も子供も男も女も机を囲んで談笑していた。漏れ聞こえる単語を拾えば、それが三国志の話題であることがわかる。喫茶店の棚には三国志の正史や演義をはじめとして様々な小説・漫画が所狭しと並べられていた。
エンギ「わー凄い。三国志屋敷だ」
僕が感動していると、カウンターから「いらっしゃい三国君」と言って、エプロンをしたおじさんがお兄ちゃんに向かって近づいてきた。
兄「お久しぶりです、マスター。今日は弟のエンギを連れてきました」
お兄ちゃんに紹介され、僕がペコリと頭を下げると、そのおじさんはにこやかに僕に話しかけてきた。
マスター「君がエンギ君か。お兄さんから話は聞いているよ。私はここの喫茶店のマスター吉川英治だ。今日は三国志カードバトルを頑張ってね」
エンギ「み、三国園義です。よろしくお願いします」
兄「よし、じゃあ早速、三国志カードバトルのルールを説明しよう。
ルールは簡単。くじ引きの要領で箱の中から三枚、三国志の人名が書かれたカードを引き、そのカードで対戦するんだ」
そう言うとお兄ちゃんは三つの箱を指し示した。
エンギ「この箱に三国志カードが入っているの?」
兄「ああ、そうだ。この三つの箱にはそれぞれ、『君主』、『軍師』、『武将』の三種類のカードに分けられて入れられている。
まず一枚は必ず『君主』の箱から引くんだ。さあ、引いてご覧」
僕はお兄さんに言われて『君主』の箱から一枚カードを引いた。引いたのはカードというよりただの白いメモ用紙で、中にはマジックペンでしっかりと『劉備』と書かれていた。
エンギ「わ〜やったぁ、『劉備』だ!」
劉備といえばご存知、三国志の主人公だ。関羽・張飛と義兄弟の誓いを交わし、孔明を軍師に招いて漢王朝復興のために頑張った人だよ。
兄「おめでとう。エンギ。お前の今回のメインカードは『劉備』だ。
次にもう二枚、『軍師』もしくは『武将』の箱から引くんだ。この時、軍師・武将一枚ずつでも、軍師・軍師、武将・武将でも組み合わせは自由だ」
エンギ「うーん、難しいよ」
兄「迷ったらとりあえず一枚引いて、その人名を見てから、次にどちらを引くか決めたらいいよ」
エンギ「じゃあ、『孔明』のカード欲しいから『軍師』の箱から引くよ、えい!」
僕が引いたカードには『馬謖』と書かれていた。
エンギ「うーん、『馬謖』かぁ……」
馬謖は僕が狙っていた孔明の弟子だった人だ。でも、自分の力を過信して作戦を失敗しちゃって、孔明に処罰されちゃうんだよね。
兄「さあ、後一枚はどうする?」
エンギ「うーん。じゃあもう一度、『軍師』を引くよ」
最後に引いたカードには『龐統』と書かれていた。
エンギ「やった、『龐統』だ」
龐統は孔明と並び称された軍師だ。残念ながら途中で戦死しちゃうんだけど、智力なら孔明にも負けないはずだ。
兄「よし、じゃあ早速、兄ちゃんとカードバトルしよう」
エンギ「え、でもカードバトルって言ったって、この紙には名前が書いてるだけで、ヒットポイントも攻撃力も何も書いてないよ。これでどうやってバトルすんのさ?」
兄「エンギ、例え紙には名前しかなくても自然と効果がわかるはずだぞ。俺たち三国志好きならな」
エンギ「え、そんなこと言われても……」
兄「やってみればわかるさ」
そう言うとお兄ちゃんは三箱から一枚ずつカードを引き、僕と机を挟んで向かい合うようにして座った。
兄「本来ならジャンケンで先行後攻を決めるんだが、今回は説明も兼ねているから俺が先行で行こう。
まず、君主カードをオープンするんだ」
お兄ちゃんは手持ちの君主カードを机の上に置いた。そこには『曹操』と書かれていた。
曹操は劉備のライバルで、最強・最大勢力の魏の君主。曹操本人も時代を超越した英傑と讃えられた偉人だ。
兄「俺の君主カードは『曹操』だ」
エンギ「そんな! 『曹操』なんて最強カードじゃないか!」
兄「それだけじゃないぞ。軍師カードオープン『孔明』! そして『孔明』の効果“神算鬼謀”で『曹操』の智力を大幅アップだ」
孔明、三国志どころか中国史上でも指折りの天才と言われている賢い人だ。本来は僕の君主カード『劉備』の軍師だったから狙ってたのに、お兄ちゃんが引くなんて……。
エンギ「そんな〜『孔明』なんて反則だよ」
兄「これも運だ。反則じゃない。このように効果はそのカードから連想できるものを言えばいいんだ。
さあ、エンギ、お兄ちゃんと同じようにやってみるんだ」
エンギ「えーと、君主カードオープン。『劉備』!さらに軍師カード『龐統』のえーと、効果……?」
もちろん、カードにはただ『龐統』としか書かれてはいない。効果と言われても困ってしまう。
兄「なんでもいいんだ。お前がその名前から連想するものがそのカードの効果なんだ!」
エンギ「わかったよ。『龐統』の効果“劉備の入蜀”を発動! これにより『劉備』の全能力は大幅に上昇する!」
兄「いいぞ、エンギ。
このゲームは連想できれば勝ちだ。龐統は劉備の益州(蜀)侵攻の時の軍師を務めた。だから劉備の能力を大幅に上げることができるのは三国志好きなら連想可能だ!」
エンギ「お兄ちゃんの『孔明』はあくまで智力アップ。ならば、入蜀コンボで全能力が上がっている僕の勝ちだ!」
兄「それはどうかな?
武将カードオープン『張任』!」
エンギ「あー、そのカードは!」
兄「そうだ。張任は益州の武将。そして、劉備の益州侵攻時に敵として立ちはだかり、その軍師・龐統を殺した武将だ!
『張任』の効果“落鳳坡の悲劇”発動! 相手の『龐統』の効果を全て無効にできる!」
僕のせっかくの劉備・龐統による入蜀コンボはあっさりと打ち破られてしまった。
エンギ「そんな〜ズルいよ! 『龐統』がいなくなったら、最強君主の『曹操』と最強軍師の『孔明』のコンビなんか倒せるわけがないよ〜!」
兄「諦めるなエンギ! 孔明は本来誰の軍師だ?」
エンギ「え、そりゃ劉備の軍師だけど、今は敵だし……」
兄「お前のカードをよく見るんだ! そして三国志を思い出すんだ! 三国志好きのお前ならきっとこの逆境を跳ね返せるはずだ……」
エンギ「そんなこと言われても……」
確かに孔明は本来なら劉備の軍師だけど……そう言えばなんで孔明は劉備の軍師になったんだっけ……それに僕の手札は……そうか!
エンギ「わかったよお兄ちゃん!
劉備は孔明に軍師になって欲しいと頼んだけど、断られたんだ。でも、何度も何度も諦めずに尋ねてついに軍師になってもらったんだ! だから僕も諦めないよ!
『劉備』の効果“三顧の礼”を発動! この効果により『孔明』を『劉備』の軍師にする!」
兄「いい手だ。だが、俺の君主カードは最強の『曹操』だぞ。いくら劉備・孔明のコンビでも倒せるかな!」
エンギ「僕のターンはまだ終わりじゃない!
軍師カード『馬謖』オープン! 『孔明』とのコンボ技“泣いて馬謖を斬る”発動! 『馬謖』を捨てる代わりに『孔明』の能力を上昇させる!
そして、上昇した能力を『劉備』とのコンボ技“水魚の交わり”でそのまま『劉備』に譲渡! 能力の上昇した『劉備』で『曹操』にアタック!」
兄「フッ……負けたよ、エンギ。コンボ技の二重がけじゃあ、さすがの曹操も勝てないな。お前の勝ちだ」
エンギ「やった〜。お兄ちゃんに勝ったぞ」
マスター「おお、三国君に勝つなんて、エンギ君は将来有望だね」
エンギ「えへへ、そうかな」
兄「よくやったエンギ。これでお前も立派な三国志カードバトラーだ。
だが、油断してはいけない。これはまだ練習試合に過ぎない。
本場はこれから始まるトーナメント戦。そして敵は今ここにいる全ての客だ! 勝ち上がって優勝して三国志バトルマスターとなるんだ!」
喫茶店の中をぐるりと見れば老若男女、様々な三国志好きが目を光らせている。
エンギ「わかったよお兄ちゃん! 僕三国志バトルマスターになるよ!」
エンギ少年の三国志カードバトルはまだ始まったばかりだ! 三国志バトルマスターの称号を目指して頑張れ! エンギ!