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73 青年の苦悩 ③

「──で? なんなんだよ」

「?」


 豪快に額の傷口を手当てされたあと。

 椅子に座らされ、周りの三方向を年上の同僚たちに囲まれて。いかつい彼らに注目されたリオンは、キョトンと瞬いた。

 三名とも職務以外ではあまり関わりを持ってこなかった同僚たち。仕事を挟まないところでの初の交流に、リオンは非常に緊張していた。

 一瞬反応することができず、固まっていると、すぐにヒゲを顔面にたっぷりたくわえた一番年嵩の騎士が、ムッとした顔をする。


「お前が話しかけてきたんだろうが! 血塗れで!」

「あ……そうでした……」


 思い切って同僚たちに話しかけてみたはいいが、こうして囲まれ。しかも、何やらあっという間に手際よく手当てまでされてしまったもので。それがあまりにも思いがけぬことで、リオンは自分から彼らに話しかけたのだということをすっかり失念していた。

 内心とても慌てたが、少しホッともした。

 どうやら、つっけんどんな様子ではあるが、同僚たちはリオンの話を聞いてくれるらしい。

 とてもありがたい気持ちになったが……それがあまり表情には出ないところがリオンの不憫なところ。

 同僚たちは、そんな彼を眉間にしわをよせて怪訝そうに見ている。

 その不審そうな、『さっさと話せよ』と言いたげな顔を見ると、あがり症のリオンは怯んでしまう。

 緊張が高まり、動悸も強まった、が。


(──いや、ここでまで逃げ腰ではだめだ……。俺は必ず、またローズ様のおそばへ上がり…………)


 しかし己を鼓舞しようとした拍子に、思い出されたローズが彼の記憶の中で言う。


『──好き』と。


「ぐ……っ……」


 と、またリオンの頭はパンクしそうになる。

 感情が乱れて止まらない。

 大いなる嬉しさと、深い戸惑い。果てしない恋しさと、固く誓った忠誠心。

 そしてリオンは、ここでふと自分の気持ちに気づく。

 何がここまで恥ずかしいのか。なぜ、彼女を前にすると、逃げ出してしまうのか──。


(……そうか……きっと……衝動的に、殿下を抱きしめてしまいそうだからだ……)


 自覚し、リオンはグッと苦悩する。

 大勢が見ている前で、互いの身分も立場も、礼節さえも顧みず。

 彼女に駆け寄って、ただひたすらに愛を乞うてしまいそうな──そんな自制の効かない自分が確かにそこにいた。


(こんな……こんな状態で……俺は近衛騎士を続けられるのか…………?)


 こんな状態では、何も成し遂げられないような気がして苦しくなる。

 王女の気持ちは天にも上るように嬉しい。だが、それでは彼女を守りたいと思った自分の夢はどうなるのだろう?

 

 そんなことを悩みはじめた結果──若者の表情はさらに険しくなり、リオンは異様な気迫を発生させる。

 暗雲を漂わせるような若者の不穏な様子に、同僚たちのほうでもなんだなんだと身構える。

 と、ここでやっと、リオンの鋭い眼差しが同僚たちを見た。


「…………あの」


 恐ろしく鬼気迫る瞳で訴えはじめた青年の顔は、いかにも切羽詰まっていて、苦しげで。

 それに耳を傾ける男たちの身体もおのずと強張った。


 ──これはきっと、よほどの大事が語られるに違いない。


 皆、そう確信したのだが……。

 その強張った口から語られたのは、あまりにも拍子抜けするセリフであった。

 リオンは重苦しく吐き出す。


「実は…………ある女性を……好きに、なってしまったのです……」


 厳かに告白された言葉に……途端、詰所のなかが静寂に包まれる。


「……、……、……、………………あ?」

「…………え? あ?」

「………………今……なんつった……?」


 ある者は目を点にしたし、ある者は眉間にしわを寄せて何度もリオンに聞き返すような素振りを見せた。そしてある者は、自分の耳がおかしくなったのかと別の同僚たちに困惑の眼差しを向けている。


「……リオン……?」


 唐突な告白に、同僚たちがぽかんと青年を見つめる。

 けれども、どうやら彼は真剣である。

 背筋を伸ばし、座った膝に硬い拳を押し付けながら。真剣なあまり、若干身を震わせながら言葉を吐き出す姿は、一見すると……まるで怒りに震えているようにも見える。


「ですから……ある高貴な女性を好きなってしまったのです! 私はどうしたらいいのでしょうか⁉︎」


 ご教示ください! と、声を大にして大袈裟に頭を下げられた三名は──大いなる困惑の渦中にいた。


「「「…………」」」


 同僚たちは、普段は無愛想なリオンの笑った顔すら見たことない。それが、何やらいきなり改まって尋ねられたかと思えば──


(……これは……)

(まさか……)

(…………恋バナ……?)


 屈強な騎士三名の精神が、困惑の静寂に包まれる。


「……ど──どうしたら…………だ、と……?」


 かろうじて一人の騎士がそう繰り返すと、リオンからはやはり真剣な眼差しが返ってくる。


「はい、初恋です。今は、その方の視界に入ることすら困難なのです、どうしたらいいのでしょうか。こんな俺にできることはありますか?」

「「「…………」」」


 妙にキッパリと返してくる若者に、男たちは顔を見合わせて沈黙を継続。

 もし、これを他の青年に打ち明けられたのだとしたら、彼らは『おいおい若いなぁ!』と、笑って囃し立てたかもしれない。

 だが……そうするには、今のリオンはあまりに真剣すぎる。

 しかし皆気が付いた。

 青年は口調こそ冷静だが、よくよく見てみると……彼のいかめしい顔はほんのり赤い。先ほど手当てを施した額には、汗が滲み、その粒が次第に大きくなって顎に向かって落ちていく。

 どうやら青年が非常に緊張しているらしいと、同僚たちもここで初めて気が付いた。

 

 とはいえ、同僚たちの困惑は深い。

 そうしてすっかり静かになってしまった詰所。

 リオンはなんだか急にその空間が窮屈になったように思われて、動揺する。


(…………皆……黙ってしまわれた……)


 やはりいきなり相談したのは失敗だっただろうか。

 しかし、自然な流れでうまく話題をそちらに持っていって、相談を切り出す……なんてことも、人付き合いの苦手なリオンにとっては高等技術すぎるのである。

 それで思い切ってストレートに疑問をぶつけてみたのだが……どうやらストレート過ぎた。

 どうやら同僚たちも困惑しているのだとこちらも気が付いて。その空気が居た堪れなさすぎて、リオンもまた沈黙する。


 狭い詰所に体格のいい騎士が四名。

 無言で頭を突き合わせて黙り込んでいる姿は、はっきり言って、異様。


 ──その議題が、つまるところ恋バナであるだけに余計である。



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