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61 深夜の横暴 ④ 殺気


 セオドアは自身の身が割れそうな勢いで笑い、それを恐ろしげに見ている衛兵たちに命じた。


「おいお前たち! こいつらと同罪に処されたくなければ、しっかり証言しろ! 王女はこいつと不貞を働いていたとな!」


 こいつら、とは、もちろんローズとリオンのことであろう。

 衛兵らは戸惑ったような顔を見合わせている。

 もちろん彼らは面倒なことには巻き込まれたくはないが……ここでローズを身近に仕事をしていれば、当然彼らにも王女の人柄がよくわかっている。そのお方は、果たして今目の前で騒ぎ立てている男に、『不貞を働いた!』と、糾弾されねばならないようなお方だろうか。

 衛兵たちも、さすがにこれは納得がいかない。その不服が、セオドアにも伝わった。


「おい、なにをためらっている……?」


 セオドアは心の中で舌打ちをならす。どいつもこいつも生意気だ。が、ここはローズの不貞を証明するためにも、ぜひ衛兵たちを味方につけておかねばならない。頷かない衛兵たちに焦れたセオドアは彼らに猫撫で声を出しながら近寄っていく。


「いいか、よく考えろ。ここで私の味方をしておかねばお前たちにも処分が──」

「……処分があるのは殿下のほうですよ……」

「⁉︎」


 と、その時だった。

 セオドアが衛兵らに指を突きつけた瞬間、セオドアの背後からまた別の声が聞こえた。

 その聞き覚えのある声に、セオドアはギョッとした。

 低い男の声は、ため息まじり。驚いたセオドアが跳び退くように振り返ると、そこに近衛騎士隊長ギルベルトの姿があった。

 大柄な近衛の長は、呆れを滲ませた保護者の顔でセオドアを見下ろしていた。


「ギ、ギルベルト⁉︎」

「殿下……酒臭うございます。また王宮で酒盛りですか……今がなん刻かお分かりですか? これは陛下に報告せねばなりませんな……」


 深々とため息をつく男に、王太子は慌てる。


「は……? い、いや、これはその……お、お前なぜここに……」


 父親に知らせると聞いて、セオドアの顔色が変わる。しどろもどろになり、うまい言い訳を考えているらしい男を見て、ギルベルトはその周りに侍従しかいないことを見てとって。また、大きなため息をついた。


「殿下……また夜番の近衛を買収して遠ざけられたのですか……そのようなことをされては御身がお守りできないと何度申し上げたらお分かりいただけるのです」


 その指摘にセオドアがうっと怯む。

 ギルベルトはその反応を見てやれやれと眉間のしわを深くした。


「我らが気付いていないとお思いでしたか? とんでもない。とっくに気がついておりました」


 そう、セオドアは、こうして隠れて酒宴を開くたび、彼は金を渡して抱き込んだ近衛騎士に当番をさせて騒ぎには目をつぶらせている。そうして近衛たちから父王に自分たちの馬鹿騒ぎがバレるのを防いでいたのである。

 しかしギルベルトは、その情報をすでに得ていて、密かに内偵を進めていたのだと告げた。

 動揺するセオドアに、さてとギルベルト。


「これで近衛の誰が殿下の協力者かはっきりしましたね。ぜひその者からもこれまでの殿下の武勇伝を聞かなければなりませぬ」


 ギルベルトがにこりと笑うと、明らかに王太子が怯える。

 これはまずい事態だった。なんとか誤魔化せないかとセオドア。


「い、いや、別に私は酒を楽しんでいるだけで何も悪いことは……そ、そうだ! 違うんだギルベルト、私はこいつらを調べていただけだ!」


 慌てたセオドアは、そばできっちり背筋を伸ばし、後ろ手に立っているリオンを指さした。


「こいつは今までローズの部屋にいたらしい! ローズと密会していたんだ! 私は密かにその尻尾を掴もうとしていてだな……」


 慌てて弁解するセオドアの言葉に、ギルベルトの瞳が険しくなり、視線がリオンに向く。

 周りでは衛兵や侍従たちが不安そうに成り行きを見守っていて、場は緊迫した雰囲気に包まれていた。

 だが、王太子に指さされたリオンは何も言わなかった。

 彼はただ沈黙し、表情も変えず身じろぎもしない。

 それを反論ができないゆえと取ったセオドアは、それ見たことかと勝ち誇った顔をギルベルトに向けた。


「どうやら弁解もできぬらしいぞギルベルト! 今すぐこいつを牢に入れ、あばずれ女をここへ引き立ててこ──」


 と、そうセオドアが口にしかけた時だった。それまで、まるで廊下に据えられた彫像のように表情を消していたリオンの瞳に、一瞬だけ感情が噴き出した。


「⁉︎」


 露わになった殺気のあまりの強烈さに、セオドアはギョッとして。思わず口をつぐんで数歩後退った。

 唖然として見つめるリオンの青い瞳は、煌々と怒りに燃えている。

 それは、今まで従順であった彼を『リオンお嬢ちゃん』と嘲り、近衛騎士として従え続けてきたセオドアが見たこともないリオンの激しい顔であった。

 真っ向から向けられた怒りに衝撃を受け、青ざめてよろめくセオドアに。そばで黙ってリオンを睨んでいたギルベルトが、ようやく静かに口を開いた。


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