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58 深夜の横暴 ①

 

 暗い廊下を我が物顔で進む男の後ろで、侍従たちが困り果てている。

 フラつく王太子の両側には二人の侍従がつきそい、その後方にも二名の侍従が不安そうな顔でついてきている。

 だが、酔っていても侍従たちを押さえつける言葉を忘れはしない王太子は、引き留めようとするものたちの思い通りにはならなかった。


「触るな! 貴様、私を誰だと思ってぃる⁉︎ 八つ裂きにされたぃのか⁉︎」

「で、殿下、お願いですからもう少しお静かに……」

「ぅるさい! 侍従ごときが私に意見するな! おいお前! ぃますぐこいつを牢に入れてこいっ! 王宮から追い出してやる!」

「殿下、お、落ち着いてください……!」


 本日の呑み部屋を出て以降王太子はずっとこの調子。侍従たちを叱りつけるために、あまり足が進んでいないのが幸いだが……。どうにも今晩のセオドアはいつもより頑固である。

 侍従たちがいくら止めても聞かないし、引き留めれば引き留めるだけかんしゃくが悪化した。

 背後でその様を見ていた侍従たちは、戸惑ったように小声で言葉を交わした。


「どうなさったんだ殿下は……」


 普段から素行があまりよくないセオドアだが、いつもはここまでではない。昼間に何かあったのかと尋ねる侍従に、隣の侍従はため息混じりに答える。


「またローズ様にお叱りを受けたらしい。ま、いつものことだ」

「また? いや、それにしたって……」


 呆れ果てたという顔の同僚の言葉に、侍従は怪訝そうに王太子を見る。

 セオドアは昔から横暴な男ではあるが、それも成長するにつれて大ぴらに下のものを怒鳴ったりすることは減ってきていた。

 まあ、それは単にそうしなければ周りが口うるさい上に、大人として多少の落ち着きと余裕を持たねば女性にはモテないと悟ったゆえで……その分、やり口も陰湿になった気もするのだが……ともかく。

 今晩の王太子は、まるで子供の頃の暴れん坊で聞かん坊な王子に戻ってしまったかのようである。その頃を知る侍従は変だと思った。

 いつもなら、こういう荒れ方をしている王太子は、王女ローズの顔なんか金輪際見たくもないと吐き捨て、生前から彼に甘かった亡き母王妃や、その時どきの恋人に会いたいとごねるばかりだったのに。

 それが今日に限っては、『ローズに会いに行く』と駄々をこねているのだから不思議である。

 幸い、酔った王太子は押しかけるつもりらしい王女ローズの部屋までの道を忘れてしまったのか、廊下を行ったり来たり。しかし、違う部屋の扉を開けては、「ローズがいない!」と怒鳴るので、こんな深夜にこのような騒動に付き合わされる侍従は、もうとても疲れ果ててしまった。

 げっそりした侍従は言った。


「なあ……もういっそ……ローズ様にお助けいただくほうがいいのでは……? 今日の殿下は手に負えない。そんなことをしたら明日正気に戻った殿下にはお叱りを受けるだろうが……正直、今喚き散らされているのと大して変わらん……このことがローズ様のお耳に入ればきっと庇ってくださるだろうし……」

「……確かにな……」


 王太子に引き留める侍従たちの間には、次第に諦めが漂いはじめる。

 もし今王太子が酔いの勢いのままローズのところに駆け込めば、王女は呆れて彼を叱るだろうが、それは王太子が正気に戻ったあとのこと。

 このようにまともに話を聞きそうにない状態のとき、ローズはそんなことをしないと侍従たちはよく知っている。

 王女ローズは自分の婚約者たる王太子に厳しいが、雑に扱ったりはしない。

 そこで侍従たちが思い出すのは数年前の出来事。それは王太子が酒を呑める歳になった時のことだった。

 初めての飲酒に加減がわからなかった王太子は、その時も大いに酩酊してしまった。

 当時、王太子はその時の恋人とこっそり飲酒を楽しんでいたのだが……セオドアの酒癖があまりに悪く、それに嫌気がさしたらしい恋人は、宴席からさっさと逃げてしまった。

 すると酔った王太子は余計に荒れはじめ……。

 当時、酔った主人に初遭遇だった侍従たちも、彼をどう扱っていいのか困ってしまう。

 王太子が深酔いで暴れていることを父王に知られては大事になるし、自分たちも叱責を受け失職するかもしれない。

 そう危ぶんで、結局彼らが泣きついたのは、いつも王太子の横暴からさりげなく守ってくれた王女ローズだった。

 侍従たちに助けを求められたローズは、酔ったセオドアを見て呆れてはいたが、彼女は王太子の面倒臭い絡みも愚痴も、彼が気の済むまで聞いてくれて。介抱まで引き受けてくれた。

 ローズは酔った王太子に暴言を吐かれても絶対に怒らなかったし、まるで彼女自身が王太子の母であるかのように優しかった。その慈悲深さは見ていた侍従たちの心に深く刻まれて──。が……。

 なんと、その慈愛を、当の王太子はまるきり覚えていなかったのである。


 侍従は王太子に聞かれないように声を潜めて隣の同僚に言う。


「あのあと……正気に戻った殿下は恋人に捨てられただろう……? でも、殿下は酔っている間の記憶がないもんだから、その間にローズ様が嫉妬で恋人を追い払ったのだと言いがかりをつけて責め立てた。令嬢に袖にされたのは、ご自分の酒癖のせいだったのに……」


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