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55 惑わす騎士の香り

 



 これは──いったい──……どういう状況なのか……。


 一瞬無になるほど唖然としたローズは、混乱しながらも。どうやら今、自分はリオンに抱き抱えられてどこかへ移動中らしいと察した。


(ぇ──な、なぜ……?)


 察したものの、それがまた謎を呼ぶ。確か自分は普通に自分の部屋で寝ていたはずで──……。


(……あら? どうだったかしら……え? 寝た……わよね?)


 あまりの混乱のせいか、まだ寝ぼけているせいか。その辺りがどうも判然とせず思い出せない。

 おまけに静かだった動悸が次第に耳の側に迫るように暴れ出してきて、それがうるさすぎてなかなか考えがまとまらない。


(ちょ、ちょ……ま、待って、え、ええと……)


 ローズは一生懸命に考えた。


 今、自分の全身を包んでいるものは柔らかくて温かい。そして──……ローズは愕然とした。


(……おまけに……すっごく──リオンの匂いが、する、わ…………)


 それはリオンがローズを抱きしめているうえに、彼自身が普段使っている布団で包んでいるせい。もちろんそれは、移動中に誰にもローズを目撃させないため、であるのだが……。

 実はこれがローズの思考を大いにバグらせていた。

 普段、王女であるローズが騎士であるリオンの体臭を感じられる機会はそうそうない。王女と騎士として、いつでも適正な距離にある彼の香りは、せいぜいが近くに来てくれたときに微かに感じられる程度のもの。

 しかしそれだけのものでも、ローズはいつも彼の香りを感じた時はとてもドキドキしていた。

 リオンの体臭は石鹸のようなさわやかな香り。すらりとしていながら男性として立派な肉体を持つ彼から、そのほのかな香りが発せられているのだと思うと──ローズは毎回たまらない気持ちになる。一人床にしゃがみ込んで悶絶したいくらい、それはいつもローズに突き刺さり。彼女は、毎度彼にくっつきたい衝動を堪えるのに大変な苦労をしている。

 そんなローズの有様を見抜いているらしいヴァルブルガ曰く、


『……どうやらローズ様は匂いフェチの気があるようですね(にこり)』──とのこと。


 まあ……それはともかく。

 そんな彼女がこうもリオンの匂いを浴びるように嗅いでしまうと当然まずいわけで。案の定ときめき倒しているローズは。まさか、自分が包まれている気持ちのいいものがリオンの布団だなんてことは思いもしなかったわけだが……(気がついていたら気絶した可能性あり)とてもではないが、正常な判断を下せる状態ではなかった。


 ローズは苦しんでいた。


(…………く──くらくらする……)


 なんだか状況がまったく分からなかったが、リオンの腕の中が心地よすぎて胸が苦しすぎる。

 心臓は暴れてつらいのに、頭は痺れるようにぼうっとした。どこかでローズの理性がこの状況は危険だと警鐘を鳴らすのに、どうしてもここから離れられない。惹きつけられてしまう。ずっとこうしていたかった。

 と、そこでローズはふと先ほどまで見ていた夢を思い出す。

 夢の中でローズは、衝動のままにリオンに会いに行ったり(※夢じゃない)、小さな頃の彼に出会ったりした。


(それに……リオンに好きと伝えてみたりしたわ……)


 夢のなかのことゆえか、すべてが渾然としていて詳細までは覚えていないが、その場面はとても印象的だった。

 思い出すとまた心が高鳴り、その甘い心地よさにいっそううっとりする。もう一度夢のなかに戻りたいなんてことを思って。そこでローズは瞳を瞬かせた。


(ぁ……そうか夢……これも夢の続きなんだわ……)


 なんだか先ほども同じようなことを思ったような気もしたが、そう納得したローズはなーんだとホッとした。

 それはそうだ。こんな自分がいつの間にかリオンに抱き上げられているなんて、そんな夢のような展開、夢以外のなんであろうというのだろう。

 最近の自分はリオン愛が爆発しているからきっとそのせいだろう。

 恥ずかしくて誰にも言えないが、ここのところローズはしょっちゅうリオンの夢を見る。


(なんだか今日もずっとリオンの夢を見ている気がするわ……。……ところで……この夢のなかのリオンは私をどこに運んでいるのかしら?)


 不思議には思ったが、下手に動いて心地いいリオンの夢の膜を破りたくはなかった。

 ローズはそっと目を閉じて、リオンの匂いに浸る。──あまりにも心地よすぎて。夢の中で香りなんて感じるのだろうか? などという疑問は浮かんでこなかった。

 そして、布団のなかで面映そうにためらってから布団越しのリオンの胸に少しだけもたれかかってみた。柔らかいものの向こうにある、確かな硬さを頬に感じると、幸せすぎて全身がこそばゆい。


(♡ ♡ ♡)


 思わず嬉しくなって、ローズはそこにさらに身をよじり額をすりすりと擦り付ける。

 まさに、夢見心地であった。

 ローズは感涙。


(し、幸せすぎる……っ♡ 神様! 素晴らしい夢をありがとうございます‼︎)


 思わず天に感謝して、今後一層天のしもべとして天下と人々に尽くすことを誓った。


 ……だからまさか……。


 その布団の外で、自分の頬擦りその他諸々にリオンが苦しんでいるなんてことはカケラも思わなかった。





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