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51 暗闇の騎士と王女

 


 王城には、広大な敷地のなかにいくつもの棟があるが、リオンたちの騎士の隊舎は王宮のそば。

 王に仕える騎士兵士の多くは、城壁の横に作られた隊舎や、巨大な城壁内部に寝床を持つが、近衛騎士であるリオンたちは常により王宮に近い場所にいる必要がある。

 そして、実は隊舎と王宮の境には緊急時のための隠し通路が備えられている。

 王城にはそれ以外にも、表向きの世界からは見えない脱出口や出入り口が数多隠されていて、普通の使用人たちにはその存在すら明かされてはいないものもある。

 それらは王族と、彼らを守る近衛騎士だけに存在が知らされていて。騎士らは退役したあとも一生口をつぐむことを求められる。なかには国王しか知らない抜け道もあるようで、もちろんこれらの通路は軽々しくリオンが使えるものではない──が。


 許可がないとはいえ、こたびはリオンにとって国王の次に……いや、本音を言えば、国王よりも大切な王女ローズを守るための任務。リオンはその道を使うことをためらわなかった。

 幸いリオンが知る抜け道の一つを使えば、彼らの隊舎からローズの私室までの道を大幅に短縮できる。

 その抜け道は王族らが、彼らの生活区域にいるときに有事が起こった際に使われるもので。脱出口となる出入り口は王宮外庭園の隅にあり、王宮内部の廊下に繋がっている。もちろん、出入り口は厳重に隠されていた。

 リオンが使った抜け道も、出口は豪華なタペストリーの後ろにあり、戸も一見しただけではただの壁に見える造り。壁の内側に造られた通路からは、外部の廊下を確認できる覗き穴もあるので、安全に人のいないタイミングを見計らうことができた。


 そうしてリオンは、その抜け道を使い、ローズをつつんだ布団を慎重に運んだ。

 そこまでの道は順調で、彼は無事、王宮の廊下までたどり着くことができた。

 暗い廊下に音もなくすべり出たリオンは、気配を消して、月明かりも届かぬ物陰を渡り歩く。

 廊下には、深夜ゆえほぼ使用人たちは行き来していない。だが、夜間警備中の衛兵の巡回には気をつけなければならなかった。

 ただリオンは、その巡回ルートを知り尽くしているし、衛兵たちは腰に明かりを備えて歩いているので接近も分かりやすかった。

 この調子なら、彼女を人知れず私室に無事送り届けることもできそうである。

 しかし万一があっては困る。リオンは気を抜かぬよう極めて慎重に目的地を目指した。

 途中何度か衛兵と接近せねばならなかったが、気配を消して、物陰に隠れてやり過ごした。

 ありがたいことに、そんな緊迫した場面でも、彼が抱えているローズは静かに眠ったままでいてくれていた。

 もうあと一息でローズの居住区にたどり着くというところまで来ると、リオンはやっとホッとして。眠るローズを思い、抱える布団の丸みに微笑みかけた。


(……よかった……もう少しです、もう少しだけ我慢してくださいローズ様)


 この廊下を進み、いくつかの角を曲がるともうローズの生活エリアである。そこにたどり着いてしまえば彼女の身内しかいないのだから、たとえ誰かに見られても、事情を説明して王女の夜間外出にも口を閉ざさせることは可能だろう。リオンは頭に王女ローズの使用人たちを思い浮かべる。今日は、いったい誰が夜勤の担当だっただろうか。話の通じやすい相手だといいが──と、考えを巡らせた時だった。

 静かな廊下に、突然大きな音が鳴り響いた。


(っ⁉︎)


 リオンはさっと身体を強張らせ、ローズを守るように抱え込む。

 ガランガラン、ガシャっと──。まるで銀器か何かを壁にぶつけたような鋭く騒がしい音が大理石の廊下に転がっていき──次いで、ゲラゲラと笑う声が聞こえた。

 リオンは咄嗟に、布団越しのローズの耳辺りに腕をやる。片耳を右腕の二の腕で塞ぎ、もう片方の耳あたりを掌で押さえる形だ。

 ──と、途端、リオンがハッとした。

 腕の中のローズが、布団の内側で一瞬、もぞ……と、動いた。

 リオンは息を呑む。


 ──が、それきりだった。

 ローズは一度だけリオンの腕の中で寝返りを打つように身じろぎしたが……幸い目は醒さなかった様子。

 彼女が起きてしまったかと一瞬緊張したリオンは、は……っと、安堵の息を溢し、胸を撫で下ろした。

 だが、そんな彼らを、再びの騒音が襲う。


「黙れ黙れ! 俺はまだ呑み足りない! さっさと酒を持ってこい!」

(!)


 今度は、けたたましい怒鳴り声である。リオンはまた己の腕にグッと力を込めて、王女の耳を守り、物陰で息を殺した。すると、慌てたような声が怒鳴り声に続く。


「で、殿下少し声を抑えてください……っ」

「うるさい! ぅあの憎たらしい女めっ! いぃつか絶対に鼻っ柱を折って俺様に泣きすがらせてやるっ!」


 その騒々しい声に、リオンの顔に緊張が走った。


 ──それは間違いなく──王太子、セオドアの声である。







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