49 寝つきが異常にいい眠り姫
その時リオンはとてもとても困っていた。
彼自身は口も聞けぬほど驚愕していて、部屋の中もとても静かなはずなのに……耳にはうるさいほどに鼓動が鳴り響く
。あまりに動悸が激しすぎて、身体が動かなかった。
こんな自分の状態だけでも困ったものだが──彼の視線の先にはもっと困ったものが。
床の上にきっちり正座しているリオンの目がじっと見守るのは、彼自身の寝台の上。
そこには普段通り、白いシーツとピロー、白い布団が乗っている。
いつもと違うのは……。その──白い布団のなかに──白い寝衣姿の……王女ローズがくるまって寝ていることであった。現在、彼女はリオンの寝台の上ですやすやと健やかそうな寝息を立てている………………。
「……な……なぜ………………?」
これは──ちょっと気の遠くなりそうな光景。
今度はリオンのほうが、これは夢なのでは? と、己の正気を疑いたくなる事態。
しかし、そんな青年の動揺も知らず。王女は彼の寝台の上で気持ちよさそうに眠っている。……布団はリオンが掛けた。王女の寝衣姿をとてもではないがじっと見ていられなくて、掛けた。
彼の寝台の上にうつぶせで背中を丸めるようにして横になってしまった王女は。瞳をしっかり閉じて、リオンの枕の向こうで満足げに、至福の表情でひそやかな寝息を立てている。
灯りに照らされた頬は薔薇色とオレンジ色のグラデーション。そのあまりに愛らしい寝顔を──リオンはついまじまじと見ていたが──すぐにハッとする。
「! しまった、見惚れている場合ではなかった……!」
あまりにも現実離れした状態に、リオンもちょっとついていけていないらしい。
青年はローズから慌てて視線を外し、後ろを向いた。困惑しているとはいえ、あまり女性の寝顔を不躾にみるものではない。
いや──この状況で言えば、不躾なのはどう考えても勝手にリオンの寝台で寝てしまったローズだが……。
──ここに至った経緯はこのようなものだった。
あのあと。
ローズがリオンにうっかり告白してしまたあと。
これを夢の中の出来事とは思っていても、ローズもやはり恥ずかしかったのか。彼女は目の前で唖然としているリオンに、照れ照れと言った。
『あ、あら、夢のお方もやっぱりこういう時はびっくりなさるのね、あ、私がそのように認識しているからかしら? そうよね私自身もすごく恥ずかしいもの。……あら? 変ね、これまで私、夢の中でこんなにドキドキしたことはないのだけれど……告白なんて初めてだからかしらね?』
『…………』
そんなことを尋ねられても──ローズに面と向かって『好きだ』と言われたリオンには返す言葉もない。
混乱の渦中で頭がすっかり真っ白になっている青年が沈黙していると。彼のまるい瞳に見つめられているローズは、次第に居た堪れなくなったようだった。
しばらく彼女はモジモジしていたが……そこで彼女はなんと、恥ずかしそうな顔のまま、焦ったようにリオンの寝台の上に横になってしまったのだ。
当然、その大胆な行動に、リオンはかなりギョッとした。
『だ、だめね! やっぱり夢の中でも恥ずかしいものは恥ずかしいのね! ここは、早く寝てしまうに限るわね!』
うふふと照れを誤魔化すように笑いながら、ローズはまずは仰向けに横になり瞳を閉じた。
その顔は、耳まで赤い。
しかし、夢の中で寝るとはこれいかに。変なことを言っているようだが……ここを夢の中だと思っている彼女からすると、夢の場面がどうであれ、自分の身体は自分が眠ってしまったであろう私室の寝台の上にあるはずだった。
だからいそいそと眠りに戻り、目覚めを待とうというわけだが……。
そんなことを、自分の部屋、しかも寝台の上でやられた男はたまったものではない。
背後からは、寝息と共に、時折王女が寝返りを打つ小さな音が聞こえる。リオンは彼女に背を向けたまま頭を抱えた。
いろいろ気持ちの整理が追いつかないし、心臓も、今生一の大暴れ。しかし、この状況が、王女にとっては非常にまずいことだけはきちんとわかっていた。
ここは混乱している場合ではない。王女にはなんとか秘密裏に部屋に戻ってもらわねば。
だが──考えようとするたびに、背後から伝わってくるローズの気配。背中を向けているというのに、すー……すー……と、微かな音がするたびに、背中がじりじりして、胸が焦がれるようで。その感情に任せ、王女の顔見たさに今にも振り返ってしまいそうになる。リオンは気がついていないが、彼は今、全身が真っ赤である。額からはほとほと汗が流れ落ちていた。
これではリオンは、まったく考えがまとまらない。
「ど──どうしたら……⁉︎」
リオンは王女の甘い寝息に苦しんだ。
──それにしても……ローズの寝付きの良さには脱帽である。




