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45 月明かり ⑥



 はっきり言って、この時リオンはとても慌てていた。

 ここは可及的速やかに、王女にはお帰りいただかねばと思って──。その瞬間に、彼はある事に気がついて、さらに顔色を失くす。

 月明かりの下の王女の前髪の陰。額に傷があった。そこから眉間までに流れ落ちた細い筋。

 それが血だと分かった瞬間、リオンは咄嗟に叫んでいた。


「っ⁉︎ ローズ様血が!」


 叫んだ瞬間しまったと思った。静かに事をすまそうと思ったのに……己の失態に愕然とする。

 こんな時間に大声を出しては、声を聞きつけて誰かがここに来るかもしれない。それは王女の立場を考えても、非常に不味かった。

 ここは一旦王女にはどこかに身を潜めてもらわねばと考えて──しかしローズを見たリオンは怯む。

 なにせ──彼女は今、寝衣姿。

 白く薄く、月光を受けてゆらめくは、恐ろしく手触りが良さそうな、ひらひらとした──およそ、自分とは縁遠いような可憐な服──…………。


「っう……」


 派手な見た目の割に、中身が純情な青年には、今のローズは直視することすら難しかった。まるで何か絶対領域的なリオンを阻むオーラか何かが発せられているかのようだ。※されてない

 リオンは困り果てた。

 このままでは誰かに彼女を見られてしまう。

 それはいろんな意味で許せない。自分が目撃していることすら許せないのに、他の誰かなんて。もしそれが男だったらと思うと心がスッと冷える。

 きっと自分は、そいつを未来永劫、永遠に敵視してしまうだろう。

 しかも王女は怪我をしているわけで。ここからでは暗くてよく見えないが、他にも怪我があるかもしれない。それを早く確かめたい。──今度こそ。


 昼間に彼女を心配した出来事のこともあって。リオンの頭の中には様々な想いが嵐のように駆け巡った。

 ここは怯まずに──寝衣姿で気恥ずかしそうにしている王女に惑わずに。行動を起こすべきである。


 ──と、決断した瞬間のこと。リオンがハッとした。

 背後の壁の向こうで、微かに誰かが動く気配がした。

 壁一枚隔てた誰かの私室の中で、寝台を圧する音や、履物を履こうとするような音が微かにする。


「!」


 それを聞いた瞬間に、リオンは駆け出していた。

 なんとしても王女を隠さねばと思って──…………。


 そこからは。王女を自分の部屋に匿うまでは、彼は無我夢中であった。

 彼女を布団ですまきにしてしまったのは、この純情な青年が、寝衣姿の王女に直接触れるのはどうしても無理だと判断したゆえのこと。途方もなく無礼だとは思ったが──まずは隠れてもらうのが先と判断した。


 そうして慌ただしく応急処置の道具を調達して戻り、未だポカンと(※魂が抜けそうな顔を)しているローズの前に座ると、リオンは改めて彼女の額を灯りで照らして確かめる。すると、灯りの中に痛々しい傷が露わになった。赤くなり、擦ったような傷を見て、リオンは悲しい気持ちになる。


「ローズ様……お顔に傷が……いったいどうなさったのですか……?」

「ぇ……? あ‼︎ こ、これ? え、ぇ、と……」


 リオンが悲壮な顔で尋ねると、彼の寝台の上でちょっと正気を失いかけていたローズがハッと再起動した。

 リオンは彼女が座る寝台の脇に跪いて、心配そうにこちらを見つめている。その健気な眼差しにローズが慌てた。真っ赤な顔に汗が滲んだ。


「そ、その……ちょっと堪えきれないことがあって……つい頭を抱え(て悶え)ようとしたのだけれど……その時にそばに壁があったの。で、でも大丈夫よ、(今は緊張しすぎていて)全然痛みを感じないわ」


 に、にこ……と、ぎこちなく笑うローズに、リオンはやはり悲しそうな、心配そうな顔のままで。

 居た堪れなくなったローズは、話題を変えようと動揺を押し殺し、彼に尋ねた。


「あ、あの……それでね……わ、私は──なぜここにいるのかしら……?」


 ローズはオロ……と、周囲へ──リオンの私室のなかに視線をさまよわせる。その疑問を考えると、つい、モノノ怪にでも化かされたような心地になってしまう。

 自分という存在が、この聖域中の聖域、リオンの私室という空間にいる事態が不思議でならない。

 しかも、リオンの布団というお宝に身を包まれている……。ここまでくると、ありがたみがありすぎて、逆に恐ろしい。ドリームがすぎる。こんな状況は、己の願望が爆発した夢の中としか思えなかった。

 と、ここでローズはハッとした。


 もしや……これは本当に夢なのではないか?

 記憶違いでなければ、自分はここに至る前、私室で眠ろうとしていたはず。

 寝台のうえでゴロゴロ転がって、リオンに会いたいと悶えていて──……気がつくとこのドリーム状態だ。

 ローズは目を剥いて、こちらを見上げているリオンを凝視した。


「そ、そうなの? これは夢かしら……? 私、あなたに会いたいと思ってここへきたと思ったのだけれど……もしかして、実はあのまま部屋で眠ってしまったのかしら⁉︎」


 真剣な顔のローズの言葉に、今度はリオンが目を見開いている。



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