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44 月明かり ⑤

 



(……ここは……どこかしら……)


 布団に包まれたままどこかに鎮座させられたローズは。しばらくの間怖くてその場から動けなかった。

 しかし、ここへ彼女を連れてきた騎士は、どうやらまたどこかへ行ってしまった様子。静かになった室内で、ローズはそろり……と、布団のなかから顔を出し、周囲を見回した。

 サイドテーブルに置かれた灯りに照らされた、そう広くはない簡素な室内。

 壁際には机やタンスが置かれていて……どうやら彼女が今いるのは、寝台の上である。一通りのものを見回したローズは、よく片付けられている部屋だなと思った。

 壁際の床に国の支給品らしい剣や装備の類が几帳面に並べられている以外は、飾りの類は一切ない。


(……誰かの、個室ね……?)


 リオンに見つかってしまってからの事態の転がりかたが、あまりにも思いがけなさすぎて……。

 この時のローズは、己の身に起きていることにあまり現実味を感じられていなかった。

 ゆえに、まだこの時は室内も興味深く見渡す余裕があった。──が、ここでローズははたと気がついた。

 ここに必死で運び入れてくれた人のことを思い出すと、まさか……という思いがじわじわと身のうちから湧き上がる。


(え……? ま、さか……ここは……)


 その可能性に思い当たった瞬間、全身からブワッと汗が噴き出た。


 ──まさか……

 ──ここは……


(い──いえいえいえ……う、嘘でしょう⁉︎ そんなはず……)


 うろたえ、与えられた布団の中で怯えたように身を縮めるが──。

 彼女はどこかで気がついていた。考えないようにしていたのだが──こうなると、認めざるを得ない。

 ローズはつぶやく。


「……、……この布団……リオンの匂いが……する、よう、な……。……、……、……ひ……」

 

 過ぎたるは、なんとやら。

 それを認めてしまった途端、ローズは混乱と興奮の渦に叩き落とされて。全身が、まるで石のように動かなくなってしまった。

 と、そこへ。キィッと扉が静かに開く音がして。静寂のなかでうろたえていたローズは、布団の中で跳び上がらんばかりに驚いた。

 恐々と視線をやると……リオンが慎重な動きで部屋に戻ってきたところ。

 青年は後ろ手に音もなく扉を閉めて、灯りに照らされた顔はしっかりとこちらを見ていた。


「ローズ様……お待たせいたしました……」

「⁉︎」


 囁くように声をかけられて。ローズは、リオンの香りがする布団の中で身を震わせた。

 ドッと迫ってくるような心臓の音が、耳にまで鳴り響き、苦しいほどであった……。






 ──窓の外の暗がりで、その人が立ち上がったのを見た時。彼は心底驚いてしまった。


 夜間の隊舎裏などという場所に、彼女がいたことにも驚いたが……。

 それより何より、彼女の身なりがリオンの度肝を抜いた。

 驚いたように自分を見ている王女は、どう見ても──寝衣を着ているだけなのである。


「⁉︎」


 月明かりのなか、立ち上がった線の細い身体に沿う白い寝衣。ワンピースの丈は足首まであって、眩しい素足に赤い部屋内履き用の靴を履いている。その肩には上着すらかけられていない。

 リオンは己の目を疑って、その場で立ち尽くしてしまった。

 見てはいけないものを見てしまったような気がして、頭には一気にカッと血が上った──が……。

 彼はかろうじてハッと現状に気がついた。

 王女がこの騎士たちの隊舎にいる理由は謎だが、こんな姿の彼女を、もし誰かに見られたら一大事である。

 ここは騎士たちの隊舎。男たちの巣窟。

 今自分たちがいる廊下には、幾つかの扉が並んでおり、その向こうは同僚たちの私室。きっと今も、幾名かの男たちがそこにいるはずなわけで……。

 もしここで、誰かが廊下に顔など出そうものなら──……。


(っ⁉︎)


 想像したリオンの肝がスッと冷える。

 このしどけなくも可愛らしい寝衣姿を、他の誰かに見られるなどあってはならない。

 そんなことは──絶対に我慢がならないと思った。




 



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