43 月明かり ④
「…………ロー……ズ様……?」
その声に、ハッとして。我に返ったローズは再びリオンを見上げる。
「──ぁ……」
リオンの驚きをひしひしと感じたローズは、焦ってその場に立ち上がる。その瞬間、自分を見ていた騎士が、ギョッと目を瞠って顔を真っ赤にしたのだが──月夜の薄明かりでは、ローズにその顔色の変化は見分けられなかった。自分のありさまを思えばリオンが驚いたのも無理はない。どう考えても、今の自分は不審者そのもの。
(…………夜間に騎士の隊舎裏に潜んでいる……立派な不審者だわ──……)
そしてどうしてここでよりによって、一番見つかりたくない人に発見されてしまうのだろう。
(いえ、それは私がリオンを追いかけていたからだから……)
完全に、自分のせいであった。
この状況にはローズもちょっと気が遠くなりそうだ。リオンに痴女だと思われることは避けられないような気がして。そんなことになったら絶望である。
青ざめたローズは、内心の動揺を押し殺し、そこで凍りついているリオンに言った。
「ぁ……ご、めんなさい……あの……昼間にお礼を言えなかったのが気になって──」
と、言ったところで。ローズを見て目を見開いたまま固まっていた騎士が、ハッと息を呑んだ。
「ローズ様血が!」
「え……? あら……」
指摘されて、戸惑った。リオンが険しい顔で見ている自分の額を触ると……なるほど、手のひらに微かに血がつく。
考えるまでもなく──……さっき自ら壁に打ちつけたせいである。
……思い切り自業自得すぎて。恥ずかしかったローズは、痛いなどとても言えなかった。
「だ、大丈夫よこれくら──え? リオン?」
気恥ずかしさにぎこちなく笑ってリオンを見た瞬間。彼女の目の前から彼が消えた。
ポカンとしていると、ダダダと音がして。どこかに駆け込んだらしいリオンが、ものすごい勢いで戻ってきた。
そして鬼のような顔をした騎士は、ローズが唖然としているうちに、ひとっとびに窓枠を跳び越えてローズの前に立った。彼は何かを腕に抱えて戻って、それを彼女の目の前に両手で大きく広げた。
広げられたものは、白く大きな布製のもの。
ふっかり柔らかそうに見えるそれに、ローズは戸惑いつつ言う。
「あら──お布団?」
なぜ今──と思っているうちに。
リオンは真剣な顔つきで「失礼仕ります!」と叫ぶ。
「え」
キョトンとした瞬間、その布団がローズの視界いっぱいに広がった。
彼女は頭から白い布団を被せられ、そのままふかふかの布団の中に閉じ込められる。
「⁉︎」
えっと思った時には足が浮いて、身に速度を感じた。
ふっかりふわふわ太陽の匂いがする布団のなかで──ローズは、一瞬何事が起こったのか分からず目を点にする。
すると顔の前にあるわずかな布団の隙間から、リオンの顔が少しだけ見えた。
間近にあるその顔は必死である。
「? え……あの、リオン?」
どうやら彼に抱き上げられて、どこかに運搬されているらしいと知って。ローズは混乱した。
突然のことすぎて、理解も、リオンに抱えられていることへの恥ずかしさもまだ追いついてこない。
とにかく唖然として身を揺られている間に、布団の隙間から見える周りの景色が屋外から屋内に移っている。どうやら、ここは騎士たちの隊舎のなかで間違いがない。
「…………え?」
まったく状況がつかめない。
ローズがポカンとしている間に。必死の形相でここまで彼女を運び込んできたリオンは、廊下に並ぶうちの一つの扉のなかに勢いよく飛び込んだ。




