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42 月明かり ③

 

 月明かりに照らされた金の髪は神々しく輝いているようだった。

 誠実そうな眼差しには一切の曇りがなくて。

 廊下に一人たたずみ、静かに決意表明するリオンは──麗々として、あまりにもかわいらしかった。


「──と、尊い──……」


 ……なんなんだろうとローズ。ちょっと気が遠くなって思わず天を仰ぐ。

 いったいどういう奇跡なのだろうか、あの美しい生命体は。

 気が遠くなった挙句、つい壁に頭を叩きつけてしまったではないか。

 ローズは暗がりの地面の上で、人知れず両手をすり合わせた。額はじんじん痛かったがかまわなかった。

 リオンは太陽の光の下でも眩しいのに……月明かりの下のリオンなんて……神秘的が過ぎて──


 もはや、神。



 ──なんてことをやって一人で悶えている間に。

 ローズはリオンに見つかった。


 開け放たれた窓の中から、こちらを唖然と見下ろすリオンに、ローズは青ざめた。

 しまった……すぐに退散するつもりだったのに。


 ──己の寝室で、リオンに会いたくて会いたくて。眠ることもできずに布団の上で転げ回っていたローズは。結局あのあと、どうしても我慢ができずにこうして部屋を抜け出してきてしまった。

 しかし、衝動的に騎士の隊舎まできてしまったものの。隊舎の壁際に潜んだあたりで、彼女は一度はたと我に返る。


(なんだか──これって……私、変態みたいなのでは……?)


 気がついてから、ローズは慌てた。

 こんなところに来てしまうまで、自分の状況を冷静に判断できなかったことに愕然とした。

 一国の王女が、騎士の顔見たさに隊舎にまで押しかけてくるなんて……。自分を制御できていないにも程がある。


(か──帰りましょう……!)


 ローズは自分にげっそりしながら身を翻した。幸い月夜の隊舎周りは人影もなく静まりかえっている。王城の警備をしている衛兵たちも、この騎士や兵士が集まる隊舎まわりはあまり厳しく警戒していない。ここは騒ぎになる前に、さっさと部屋に戻るのが一番いい。


 ──と思ってから。

 数歩進んだローズの足がふと止まる。


(あ、あら? あ、足が進まないわ……)


 なぜ⁉︎ と、慌てるが……簡単である。帰りたくないのである。リオンに会いたい気持ちはまだ少しも衰えていなかった。

 そんな自分が恥ずかしかったが、ローズはチラリと後ろを振り返る。


(…………せっかくここまで来たのだから……せめてリオンの隊舎を拝んでいこう……)


 ここでの“拝む”は“見る”という意味ではない。ローズは両手を合わせ、瞳を閉じて拝み、祈った。──あとから考えると、これが一番まずかった。


(──リオンが、ゆっくりベッドで眠れていますように……)


 お礼と謝罪はまた明日にしよう。

 ──いや、そもそもそれが正常である。

 夜中にこんなところまでくるなんて、自分は何て衝動的で恥ずかしい女なのだろう……。


 そう手を合わせたまま悔やんでいた時のこと。

 なんの天のいたずらか。ふと顔を上げたローズの瞳が、隊舎の廊下の窓の中にめざとく人影を見つける。


 ──リオンだとすぐに分かった。


(っ! リオン!)


 途端、まるで主人を見つけた子犬がピンッと耳としっぽを立てるように嬉しくなってしまって。ローズの顔が月明かりに輝いた。

 しかし──ふと怪訝に思った。

 遠目に見ても、リオンの姿には覇気がない。歩く姿もどこか、一歩一歩が重そうに見えて……。どうしたんだろうと思った時にはもう遅かった。不安になったローズは、気がつくと隊舎の窓の下にそっと忍び寄っていた。


(ど、どうしたのかしら……リオン……元気がないわ……)


 廊下の窓の下を慎重に、リオンに見つからないよう着いて歩いたが……どうやら廊下の中を行くリオンは、何かを考え込んでいるのか、上の空な様子だった。

 時々、置いてあるものにけつまずき、ポロポロと腕からもの──どうやら洗面用の石鹸や手拭いなど──を、落としていく彼を見て、ローズはとても戸惑った。

 本日のダンスホールでの一件以降、なぜか謎に協力的になったキャスリンの情報によれば……。

 彼は、自分たちと別れたあと、幾らかの仕事を終えて、そのあと騎士や兵士らと鍛錬をこなしたらしい。そこでは十数名との剣術の対戦をし、その活躍ぶりは目を瞠るほどのものだったと聞いていたから──。てっきり彼はいつも通り元気なのだと思っていた。


(……つ、疲れているの……? 疲れているのね? だ、大丈夫なの……?)


 気になってしまうと、もうどうしても目が離せない。


 そうしてハラハラあとを追ううちに、リオンは不意に廊下の途中で立ち止まりぼんやり外を見つめていたかと思うと──不意に月明かりの中で拳を握り、「頑張ろう」とつぶやいたのである。


 決意に満ちた凛々しい眼差しであった。


 その言葉が微かに聞こえたローズは、壁を隔てた地面の上で、深く感じ入る。

 だって、王国の戦士たちは精鋭揃いなのだ。そんな者たちを何人も相手にし、下したほどに彼は強いのに。それでもなお、その勝利に甘んじず頑張ろうだなんて──なんて立派な心がけなのだろうか。


(あ──……!)


 思わずときめきのあまり涙が出そうになって。背中をまるめてしゃがみ込もうとした瞬間に、目の前の壁に顔を打ちつけてしまった。


「ぅぐっ……っ……っと……尊い……っ!」


 恋心に押し上げられた感動は、痛みを無効化し、ローズはその場で(彼はなんて素晴らしい騎士なんだろう──)と、感動していた、……のだが……。

 そのようなことをしているうちに、ローズはうっかりリオンに見つかってしまった。


 開け放たれた窓から身を乗り出すようにし、こちらに灯を向けている青年のまるい瞳を見て、ローズは慄いた。

 上からこちらを見つめるリオンには天から月光が降り注いでいる。

 キラキラと淡い光に包まれたリオンが──……まるで天使のように見えて──……。


 ローズの心に、勢いよく、深々と突き刺さっていた。


(ふぐぅ……っ)


 ──こんな調子で一人盛り上がっていた娘が、自分の額の出血になど気がつくわけがなかった。




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