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39 うなだれた二人

 


「…………」


 ローズは悔いていた。

 寝室の寝台のうえで、入浴し終えてほかほかした己の体を感じながら──頭を抱えて猛烈に悔いていた。


「──ぅ……リオンのあの顔……」


 脳裏に浮かぶのは、自分が避けてしまった彼の驚きと困惑に満ちた顔。

 思い出すと、罪悪感に胸を貫かれ、ローズの口からは「ふぐ……」と不明瞭な呻き声が漏れ、自然と頭が布団に落下した。胃もものすごく痛い……。


 本日の昼。ダンスホールでの一幕の終わり。

 ローズは、自分を待っていてくれたリオンに会うことが……


 ──できなかった。


 それを、今、大いに悔いていた。


(だ──だって! 仕方なかったのよ!)


 ローズは布団のうえでわっと嘆く。


(だって、わ、私……絶対すごく汗臭かったもの!)


 汗の匂いをぷんぷん纏わせて、好きな異性に会いたい女がどこにいるだろう。

 少なくとも、ローズには無理だった……。

 リオンが自分のことをずっと扉の前で待ってくれているとは知っていたし、なんだか異様にニコニコしたキャスリンが彼をローズの前に連れてきてくれようとはしたが──……。あの時のローズは、自分の汚れた姿をリオンに見られるのには耐えられなかった。

 王女たるローズは、とにかく自分の身なりには厳しい。

 自分が王族として、威厳のある姿でいることが、国民にも説得力と安心感を抱かせると知っているからこそ、ふさわしい姿でいるべきという意識が高い。王太子に啖呵を切ったように、汚れたのは鍛錬の結果だから恥だとは思わない。

 ──とはいえ。汗にまみれた姿でもう一度リオンの前に出る勇気はなかった。

 彼にがっかりされたら悲しいし、臭いなんて思われたら──……。


(っ死んじゃう!)


 ローズは布団に悲壮な顔を力一杯押し付けてメソメソしている。

 そのような訳で。どうしてもリオンの前から消えたかったローズは、ヴァルブルガにあとで必ず礼をすると伝言を頼み、ダンスホールを逃げるように後にしてしまった。

 その時──チラリと見えたリオンの心配そうな顔が、ずっと頭から離れなかった。


「ぅあああああ……」


 ローズは悔いた。

 思い出すと、せっかく湯浴みして綺麗にしたというのに、再び汗が噴き出してくる。

 あの時のリオンは、目をまるくしてとても驚いているようだった。


 しかし、悔いておろおろするローズに、キャスリンとヴァルブルガは……。


『え? 姫様の去り際の騎士リオンの顔? ……仏頂面でしたよ?』※さっさとローズを風呂に入れたくてリオンをあんまり見てない。

『? いつもの塩っけの強いお顔にしか見えませんでした』※見てたけどあんまり興味なかった。


 なんて言っていたが……。

 ローズの目のフィルターを通すと、彼は、とてもとても悲しげに見えたのだ。


「ああああ……! リオンにあんなに悲しそうな顔をさせるくらいなら……! 汗臭さなんて気にしなければよかった!」


 なんて意気地なしなの⁉︎ と、ローズ。ぐぬっと表情を歪めている様子は、あまりに必死。

 リオンに臭いと思われるのは死ぬほど嫌だが……しかし、こんなに胸が痛むのならば、羞恥や体裁などかなぐり捨てて、せめて一言。顔を見て、ありがとうと言っていれば──……。部屋に戻ってからこんなに悔やむ事態にはならなかっただろうに。


「あああ……私の愚か者!」


 しかし今更悔やんでも、もう外は暗い。リオンはすでに隊舎に戻ってしまっているだろう。

 明日になるまで、ローズが彼に会うことは叶わない。……そうと分かってはいても、広いベッドの上から転がり落ちそうになるほどに、ローズはその布団の上をのたうちまわって後悔していた。

 今すぐリオンに会いたかった。

 その胸の奥底から湧き上がるような衝動は、少々制御が困難であった。




 ──さて、こちらは騎士隊舎。

 そのエントランスで、近衛騎士隊のギルベルトが二名の部下に羽交い締めにされてどこかに連れ去られようとしている……。


「ちょ、お、おい、待ってくれ……!」

「隊長……いい加減にしてください! 宰相がお待ちなんですよ⁉︎」

「もう時間がないんですってば!」


 部下に叱られつつも、ギルベルトはなおも柱にしがみつこうとして──今、ひっぺがされた。

 ギルベルトは慌てた。しかし、そのまま彼を連行して隊舎を出ようとする部下たちは、止まってくれない。


「ま、待て! 頼むから! だ、誰か……誰かリオンを見ておいてくれよ……⁉︎」


 俺は今から会議が……とオロついているギルベルトの視線の先の壁際には──リオン。

 自分の部屋に戻る気力すらないのか……隊舎のエントランスの隅に据えられたベンチで項垂れる青年の姿はあまりに暗い。



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