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36 セオドアの苛立ち

 


 クラリスの顔はぴきりと引き攣っていたが、彼女を抱きしめるセオドアは、自分自身を納得させるのに忙しく、彼女の顔から血の気が引いたことには気がつかなかった。

 ……いや、もしかしたら。彼は、気がついても言ったのかもしれない。

 そもそも生まれながらにして権力を握る場所に立ち、多くのことや人を思うままにしてきたセオドアは、かなり独りよがりな性格である。

 周りの者たちは、自分の言葉に『はい』と従うものであり、相手の気持ちを考えるまでもないのである。今回も、彼は自分の発言でクラリスが不快になるなどとは思ってもいなかった。

 それでも恋の力で、彼女に対してだけは観察眼が働いても良さそうなものだが……。

 この時の彼は、先ほど見たローズの顔を頭から振り払うことに必死だった。

 小生意気な婚約者を馬鹿にしてやろうと出向いた先で、また可愛げのない顔で自分を見返してきたローズ。

 相変わらずその顔は毅然としていて、鼻持ちならなかった。

 それなのに……。

 その一分の隙もなさそうなローズの顔が、リオン・マクブライドが現れた途端、あっという間に瓦解したのだ。

 厳しく真っ直ぐに自分を見ていた瞳はあっという間にリオンに奪われて、動揺し、見る見る顔色が真っ赤になって。それを隠そうと必死にもだもだする姿には、セオドアは心底度肝を抜かれてしまった。

 それはセオドアが見たことのないローズの姿であった。

 彼女らしくないと思ったが、滑稽な女だと嘲笑おうとしたはずが──……。


 ……不覚にも。彼はローズを可愛いと思ってしまった。


 しかも直後に感じたのは、言いようのない腹立たしさ。

 それが、ローズに一瞬でも惹きつけられたことに対する敗北感なのか、はたまたそんな己の婚約者の一面を引き出したのであろうリオンへの苛立ちなのかはわからなかったが……。

 ともかく。自分のそんな感情が、あのローズに向けられたことが信じられない。

 そして納得いかなかった。どうしても。


 セオドアは混乱した挙句、ローズたちのそばから逃げ出して。思わず下城したクラリスを追いかけてしまった。

 愛しい彼女に会えば、自分の動揺がはっきり何かの間違いだと確信が持てると思った。

 そうして実際クラリスに会うと、やはり彼女は美しくて──しかしホッとしたのも束の間。クラリスの顔を見ても、何故か先ほど自分を小気味よく叱ったローズの顔が頭に浮かんでしまう。焦ったセオドアはつい強引にレガーレ家の馬車の中に押し入ってしまう。

 だが、クラリスに愛を囁き、抱きしめてみても、ローズが頭から消えない。

 ……いつでもこうなのである。ローズにああしろ、こうしろと言われて腹が立つはずなのに、彼女の顔は常にセオドアの脳裏のどこかに存在していた。

 嫌いだと思うのに、離れていくと、つまらないような気もする。

 ローズは他の女たちとは違って、彼には愛想がよくない。それは彼のわがまま放題が原因だが、『王太子である自分の行動は、すべてが肯定されるべき』という考えの彼にはそれがわからない。

 自分には笑いかけないローズには腹が立つ。

 自分を好きにならず、従いもしないローズが大嫌いだった。 

 だからセオドアは、今もまた、クラリスの赤毛をなでながら、頭の中のローズに消えろと命じる。

 こうして微笑みかけてくれる美しい娘と甘い時間を過ごしていると、いつもローズに対する腹立たしさは薄れた。


(消えろ! お前など……さっさとどこかへ行ってしまえ!)


 しかし今日は何故だか頭の中からローズを追い出すことが難しかった。

 クラリスを愛しいと思うのに、先ほど見たローズとリオンの様子が頭から離れない。悔しくなって、セオドアはさらに強くクラリスを抱きしめた。


「君を愛している──そうだ、当たり前だ。君を愛している私がローズなんかを相手に嫉妬なんかするわけがない」


 そうだ、そのはずだと繰り返す王太子は、腕の中の娘が、いつの間にか冷え冷えとした顔で、瞳に燃えるような怒りを宿していることには気が付かなかった。




お読みいただきありがとうございます。


早くもだもだラブコメしているローズとリオンに戻ってきてほしい…!( ´ ▽ ` )

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