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33 クラリス・レガーレ ①

 

 帰宅の馬車のなかで、お付きの娘に心配そうに尋ねられたクラリスは、そうねぇと生返事をこぼしながら窓の外を眺めていた。窓の外には、城下町の景色が流れて行く。

 往来にはたくさんの人が歩いていて、そんな人々をどこか軽蔑したような眼差しで眺めていたクラリスは、不意に振り返り、そこで彼女の言葉を待っていた娘に微笑んだ。


「いいえ、やっぱり明日は予定通り茶房へ行きましょ」

「え……」


 すると娘はとまどった様子を見せる。


「で、でもお嬢様、そうしたら侯爵家の御子息様とお顔を合わせてしまいますよ? 王太子殿下の気持ちをお受けになるのでしたら、もう他の殿方にはお会いになられないほうがよいのでは……?」


 彼女は先ほど、クラリスから将来の夫を王太子に決めようと思うと聞かされたばかりだった。それならば、今までのように自由に異性に会ったりしていては、いろいろと不都合が生じてしまう。

 家で大人しくしていたほうがいいのでは? と、娘はおどおど言ったが、しかしクラリスは、自慢の艶やかな赤毛の髪を指先で弄りながら平然と返すのだ。


「だぁって。明日は御子息が、私に贈り物くださるっておっしゃっていらしたの。せっかくご用意してくださったのよ? もらって差し上げなくちゃお気の毒じゃない。それにあの方が下さるジュエリーはいつも趣味がいいから気に入っているの」


 さも仕方ないではないかという口調で言う令嬢には、まったく悪びれがない。

 それを聞いた娘はただただ呆れたが、これはいつものことだった。口出しは無駄。そのようなことをしても令嬢が忠言を聞き入れたことはないし、ヘタをするとこちらが折檻されるだけで骨折り損となることを娘は重々承知している。

 案の定クラリスは澄ました顔で言い訳めいた言葉を並べる。


「それにね、なにも私が宝石が欲しいとねだったわけではないじゃない? 何度も断ったのに、あの方がどうしても贈りたいっておっしゃったのよ」


 悠然と微笑む令嬢クラリスは、相手に自分が悪く取られずに物を貢がせる術には絶対の自信を持っていた。

 大抵のことはにっこり微笑んで流し目を送るだけで済む美貌を持っている上に、華奢ながら、男たちの欲望を掻き立てるに十分な豊満な身体つきをしていて、さらには口もうまい。貢物の見返りを求める男たちをのらりくらりと煙にまいて、さらに夢中にさせてしまうのだからタチが悪い。

 無言になった娘が、どのような気持ちなのか察したのか、クラリスは小首を傾けて肩をすくめた。

 

「だいたい私、他にも求愛してくださる方がいることも隠してなんかいないわ。ちゃんと言ったけれど、それでもいらっしゃるの。熱心に想いを寄せてくださるんだもの。無下にもできないじゃない?」

「…………」


 クラリスは上目遣いで言ってのけるが、それでも付き添いの娘は微妙そうだった。

 それもそのはず。クラリスは『隠してない』と言っているが、それも、うまい具合に独占欲や嫉妬心を掻き立てるような言い方をしておいて、自分はあまり乗り気ではないけれどお相手が強引で……などと涙を見せて憐憫を誘い、相手の恋心を焚き付けているのである。

 娘は、まったく世の中不公平だなあと思った。

 令嬢はこうやって幾人もの男を相手に、普通なら修羅場に発展しかねない危ない橋を堂々渡って見せて。結局目論見通りに相手を魅了し、大いにちやほやされて。贅沢をして。挙句王太子にまで見染められているなんて。これでは世間の女性たちを大勢敵に回すはずである。

 しかしクラリスは、女たちの厳しい視線すらも『あんなのは嫉妬よ』と笑い、まるで自分のステータスであるかのように語る。


『女のやっかみはたくさん受けてこそじゃないかしら? 代わりに男性たちがたくさん賞賛してくれるのだからむしろ心地いいくらいよ。それに、ああいう女たちの想い人を奪ってやったらすごく楽しいの。以前私のせいで婚約者に心変わりされたと言って刃物を持って押しかけてきた女がいたけれど、私のとりまきに取り押さえられていて傑作だったわ!』


 そのような危機的状況でも、か弱く震え男にすがり、逆に恋情を攫う機会としたらしいから……この人は本当に恐ろしいなと娘は思った。彼女なら、本当にこの手管で王太子妃にもなってしまうかもしれない。

 しかし、娘は「でも……」と、令嬢にオドオドした視線を送る。


「本当にそのようなことをして大丈夫なのですか? 殿下にはローズ様というれっきとした婚約者がいらっしゃいますし……国民は彼女を褒め称えています。国王陛下も王女様をかなり頼りにされているって話ですよ? 簡単に婚約破棄をお許しになりますか……? ヘタに手を出してはこちらが危ないのでは……」


 本音を言えば、娘はわがままなクラリスにはたまには痛い目を見ればいいとさえ思ってはいる。が、側仕えとして危ない橋を渡る主に巻き込まれてはたまらない。

 懐疑的に問うてくる娘に、クラリスは冷たい顔で視線を尖らせる。


「……あら、何よ、私があの女に劣るとでも?」






お読みいただきありがとうございます。

そろそろライバル嬢の登場です。

なかなかに強かそうなお嬢様。思い切り場を掻き回してほしいです( ´ ▽ ` )

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