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30 真剣な協議と羞恥

 

「っへ⁉︎」

「⁉︎」


 ダンスホールの中にキャスリンのすっとんきょうな声が響き渡った。

 大きく鋭い声に、診察を終えたばかりのローズはギクリと身を震わせる。だが、さすが年季の入った老医務官は、患者の身内が取り乱すことになど慣れているらしく、平然としたまま、たった今叫んでポカンとしている侍女に告げる。


「ローズ様は大丈夫です。過労というほどでもありませんし、もちろん病を得ていらっしゃるということでもなさそうです」

「え、え⁉︎ だ、だって……本当に⁉︎ で、でも先生、あの、姫様のお顔、真っ赤ではないですか⁉︎ お風邪をめされたのでは⁉︎ それに疲労だって相当なはずです!」


 食いさがる侍女に、しかし医務官はいやいやと厳格な顔で首をふる。


「いえ、そのような症状はありません。それにそれほどお疲れなようにも見えませんが……」


 キャスリンに、ここ数日ローズが無茶な働き方をしていたと訴えられた医務官は、しかし不思議そうにローズを見ている。ローズは……本当に、本当に恥ずかしかった。


 できれば……と、ローズ。この件はあまり真剣に追及しないでほしかった。

 確かに、彼女は普段の倍以上の政務量をこなし、運動にも励んだ。疲れたとしても当然だ。

 けれども、それこそが彼女の目的であったのだ。

 次から次に目の前に取り組むべき課題を置いて、思考を埋めるつもりだった。リオンのことばかり考えてしまわないために。

 そう思ってから、ローズは心の中でうっと呻く。


(…………それなのに……)


 現時点の自分は、全身に重さは感じるものの、精神のはなやぎがそれを凌駕している。

 こんな不思議な体験は初めてだった。

 王太子の前では、どんなに疲れていても奮起できるのとはまったく違う。多幸感に胸が熱くて、とてもじっとしていられないのである。

 頭の中には、先ほど見てしまったリオンの顔がずっと浮かんでいて。消そうとしても、なお心の中で輝くその姿を思うと胸が高鳴った。じぃんと全身にときめきが染み渡っていくようで……そうすると、手足の疲労が消しとばされる。

 もし、今また走れと言われたらそうできるし、そのゴールにリオンが待っていてくれたら──……。

 ローズの脳裏には、微笑み、両手を広げて自分を迎えてくれるリオンの姿が浮かんだ。

 立場的にも、現実的にはそんなシュチュエーションに陥るわけにはいかないが……もしそんなことをリオンがしてくれたら。


(……、……私、嬉しすぎて跳びついちゃうわ……)


 想像だけで顔が火照って仕方ない。


 ただ──ローズは、ものすごく浮かれてしまってはいたが、自分を心配してくれている者たちのことは忘れなかった。

 特に、ローズがげっそりしている時点で場を離れたキャスリンは、医務官の説明にもどうしても納得がいかないようだった。困惑顔で医務官に迫っている。


「そんな……摩訶不思議なことがあるわけないです! だって、私がここを出る前姫様は猪のようにホールの中を走り回っておいでで……」

「キャスリンさん、猪って……」


 苦笑いするヴァルブルガの前で、医務官は怪訝そうに首を捻る。


「そうはおっしゃられましてもなぁ……先ほどローズ様にお伺いいたしましたら、『……今にも小躍りしそうなほどに元気です……』と、おっしゃっていましたよ? まあ……確かに、声はか細くてほとほと汗を流しておいででしたが……」

「そ、そうでしょう⁉︎ ほら! 今も変な汗をおかきになっておいでじゃないですか! それに姫様はどうしてこんなにお顔が赤くて、身体もぶるぶるしていらっしゃるんですか⁉︎ 寒気にみまわれているのでは⁉︎」


 手のひらで指摘してくるキャスリンに、ローズは恥ずかしさのあまりさらに汗をかく。と、医務官が鋭い指摘。


「いや、あれは……殿下が何かに興奮していらっしゃるからでは?」


 冷静にまじまじ見られたローズは、身体の芯からギクッと振動。

 キャスリンは、カッと目を見開き、ヴァルブルガは、何やらくすりと微笑ましげに笑う。


「こ、興奮……⁉︎ な──何にですか⁉︎」


 キャスリンが猛然と医務官に詰め寄った瞬間に、ローズはついに根を上げた。


「や、やめてみんな……お、お願いだから……!」


 もう許してくれと、ローズは真っ赤な顔で訴えるほかなかった。



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