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10 罠の中

 

 その時、騎士はしみじみ幸せだった。

 先ほどまで憤っていたはずが、自分を導くように歩くその人を見ているだけでどうしようもなく心が和んでしまう。反面、弾むような感覚もあってどうにも落ち着かない。こんな単純すぎる自分が、リオンはとてもとても恥ずかしかった。


 これはごく限られた者しか知らぬことだが……実はリオンはとてもあがり症である。

 それなのに、金髪碧眼という人目を引く容姿と整った顔立ちで昔から注目されることが多かった。幼い頃は今よりもっと身もほっそりとして、色白で、どこに行っても『女の子みたいにかわいい』としげしげと眺められたもの。

 だが、本人はどちらかといえば内気な子供だったとあって、人の視線を集めることが、とにかく恥ずかしくてたまらなかった。

 特に『女の子みたい』と言われ続けたことがとても複雑。

 相手は褒めているつもりだったのだろうが……彼が理想とするのは、父のようにたくましくて立派な騎士。かわいいと評されるたびに、努力が足りない、お前は騎士には程遠いと言われているようで嫌だった。

 幼な子なりにその一因が、自分の細く白い身体にあるのだと思ったリオンは、なんとかしようと、外に出てせっせと稽古に励むことが多くなった。おかげで体力もついて、武芸の腕も上がったが……。

 しかしそうすると、今度は兄弟や同門の子供たちにからかわれる。

 少年たちに指をさされ、嘲りをあからさまにしたニヤニヤ笑いで『女の子がきたぞ!』『お利口さんのリオン嬢!』などと騒々しく囃し立てられると。それがやっかみだとわかっていても、とにかくどうにも悔しかった。

 それ以来、どうしても周りにからかわれたくなかった少年は、自分を見てくる者に対しては、つい威嚇するように睨みつけてしまう癖がついた。彼からすれば、それが納得のいかない評価を拒絶するための抵抗だったがわけだが。その癖は、リオンがこうして大人になり、身体も大きくなってからかわれることがなくなった今でも時折無意識に出てしまう。

 おまけに王城に入ると、今度は彼の真面目な気性と警戒心の強さがあがり症を助長させてしまう。

 そこが国王の城だと思うと、いつも気が張って顔が強張るし、それは近衛騎士になってからは余計だった。

 自分が王族を守る重要な職にあると意識するだけで緊張は強まり、家族のためにも失敗するわけにはいかないと思うと──どうしてもピリピリしてしまう。

 そうして気を張り詰めながら職務にあたって、今は近衛騎士隊二年目。

 気がつくと……彼は周りからすっかり冷血漢というレッテルを貼られていた。

 そのような声をある時耳にして、それまで職務に夢中だったリオンは、やっと自分がそれまでほとんど同僚たちとコミュニケーションを取ってこなかったことに気がついた。

 だが困ったことに、リオンは職務のことについてなら同僚とも難なく話ができるのだが、一旦職務を離れるとてきめんに何を話せばいいのかわからなくなってしまう。

 生来内気で友人らしい友人もいなかったせいだろうか。彼は人とたわいない会話をすることが苦手で、無駄話をしろと言われると、話題に困り身構えてしまうタイプ。困惑すると石のように黙り込んでしまうから余計に感じが悪いのだろうなと彼自身も思っているが……どうすればいいのかはわからない。

 生家が武門で厳しく、騎士となるために弱音は吐くなと教えられたこともあって、誰かに悩みを打ち明けようなんて考えも生まれなかった。

 ……とはいえ。

 現在近衛騎士の隊長を務めているギルベルトなどには、幼い頃から武術指南をしてもらっていた関係で色々察されているようではある。

 師は何かと気にかけてくれて、同僚たちとも橋渡しをしようとしてくれるのだが……残念ながらそれがうまくいった試しはない。

 リオンはそれがいつも申し訳ないと思っていて、自身でもどうにかそれらを克服したいと思っている。

 ある時は参考にさせてもらいたいと思い、同僚や先輩騎士の中でも特に会話の上手い者や友人の多い者をじっと観察してみた──が。

 その観察眼があまりに鬼気迫っていたのか、彼らには睨んでいると誤解されて余計に嫌われてしまったようだった。

 そして誤解は悪評を呼び、口がさないものたちによって、リオンの悪い噂は瞬く間に周囲に広まる。するとリオンのほうでも同僚たちに余計話しかけづらくなって──、と。

 不憫すぎるくらいに悪循環であった。


 そのようななか、今では彼に積極的に話しかけてくれるものはごくわずか。ギルベルトと──今、彼の目の前を歩いている王女ローズくらいのものである。


(……)

 

 彼女の後ろを歩きながら、そのスッと綺麗に伸びた背中を見ていると。つい頬が緩みそうになって──リオンはハッとする。脳裏には隊長ギルベルトのある忠言。


 ──気をつけろリオン、お前の顔はわかりやす過ぎる。その顔を、王太子殿下たちには絶対に見せるな──……。


 思い出したリオンは、慌てて表情を引き締め、緊張した視線を左右に走らせる。──幸い、王宮の廊下には数人の使用人が行き交っていたが、その瞬間にこちらを見ていた者はいなかった。リオンはホッと胸を撫で下ろす。


(よかった。……駄目だな……ローズ様の傍にいるとどうしても、か、顔が……)


 無理矢理表情を真顔に正そうとすると、余計に歪になってしかたない。そんな自分がやはりどうしても恥ずかしい。


 ──隣国からやってきた王女、ローズ。


 彼女は、師ギルベルトのような彼の理解者というわけではない。しかし、彼女は不思議と彼を恐れたり、嫌ったりはしていないようだった。

 何も事情を知らぬ者はリオンの冷血漢という噂を鵜呑みにして彼を避けるが、彼女はリオンがどんなに緊張に顔を強張らせていても、いつも微笑みかけてくれた。

 それどころかわざわざ彼を探し出してホッとした顔すら見せてくれることがあって。リオンは、それが本当に光栄で、とても嬉しかった。

 自分は彼女の前ではいつもあがってしまって、または照れてしまって。ぶっきらぼうに話してしまうばかりなのに、彼女は嫌な顔一つしないでいてくれる。

 そんな彼女にだけは、せめて同じように微笑みを返したかったが……。彼女の前で笑ってみようとしては、毎度顔が引き攣ってしまい、無惨な結果に落ち込む。こんな無様な有様なら、いっそ無理して微笑まぬほうがマシなのか⁉︎ ──などと思い悩む。情けないが……そんな日々である。

 そんな己の悔やむべき日々を思い出し、一瞬ズーンと落ち込んでしまったリオンであったが……いや、と思い直す。


(……別にいいんだそれで。俺など、王女の盾のうちの一つに過ぎない……)


 もとより身分差もあり、近衛騎士でもなければ近寄れもしない相手。普通なら地方貴族出身の、しかも長男でもない彼が、王族女性の、しかも婚約者のある彼女に近づける機会などそうそうありはしない。リオンはローズの後ろを歩ける幸せをしみじみと噛み締めた。

 ……初めはただ家門のため、父のようになりたいがために騎士を目指した。だが、見習い時代に出会った彼女のおかげで、彼は今、こうして近衛騎士にまでなった。


(ローズ様はもう覚えておいでではないだろうが……)


 それが少し切ないが……重要なのは、今自分が彼女の傍にいられることと己を励ます。

 リオンは本当に、ローズを慕っていた。……『好きだ』とは、心の中でもあまり思わないように意識している。そのようなことを考えると、国王の定めた彼女と王太子との婚約になんとなくケチをつけているようで不敬な気がした。

 だが、どうしても彼女には惹きつけられる。

 緩やかにカールした亜麻色の髪も、いつもスッと伸びた背筋も、柔和な見た目に反し風を切るように迷いなく進む歩調も──……と、思ってから。リオンはおや? と、怪訝に思った。なぜだろう。今日の王女ローズは、いつもに比べるとどこかオロオロウロウロしている。横からそれとなく顔を覗き込むと、彼女の顔は、耳まで赤いように見えた。


「?」


 どうなさったのだろうか……? と一瞬眉を顰めて考えて。リオンはハッとした。


(⁉︎ そうか、きっと俺が話しかけてしまったせいだ……!)※正解


 ……いや、おそらくそれは、ローズの本当の気持ち──リオンを意識しすぎて挙動不審──とは、相当のズレがあったが……。

 しかしリオンはそうかと思い当たって慌ててしまう。

 きっと王女は、親しくもない騎士(自分)に急に話しかけられてものすごく驚いたに違いない。

 こちらはとても、しかもかなり昔から彼女を慕っているが……それは一方的であり無断。

 彼は不相応な気持ちを打ち明ける気などはないし、そもそも彼女とは、リオンがいつもあがりすぎて、きちんと話をしたこともない。

 彼女とは、あくまでも君主家の婚約者と臣下としての付き合いなのである。


(しまった……いや、しかし……)


 リオンは王女の後ろを歩くもう一人。ヴァルブルガを見る。

 ──彼には、今、どうしても、あの者についてローズの耳に入れておきたいことがあった。








お読みいただきありがとうございます。

だいぶ間が開いてしまいました。ちょっと納得いかず、書いては消し書いては消しを繰り返しておりました( ´ ▽ ` ;)

が、ここからまたテンポよく行けるよう、が、頑張ります!

応援していただけると嬉しいです!

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― 新着の感想 ―
[良い点] り、リオン君も不憫かわいい……だと!? 参考にさせてもらいたくて見ていたのにその力(社交性)によって悪評を広められてしまうとか不憫すぎませんか………? あと(⁉︎ そうか、きっと俺が話し…
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