スカーレットは再会する
「そ、そんなこと言っているが……!そもそもお前達が戦争を吹っ掛けなければこんなことにはならなかった筈だろう!」
分が悪いと分かったスヴェンが今度は昔のことをむし返す。
「……なんですって?」
それを聞いたリオンの瞳が怒りで歪んだ。ギロリと睨まれたスヴェンが喉の奥で悲鳴を上げてアリシアにしがみつく。
「魔族が戦争を持ち掛けたですって?同盟を持ち掛けておきながら、一方的に勇者を送ってきたのはお前たちだろう!」
思わず前へと出ようとするリオンを引き止め、続きをスカーレットが引き継ぐ。
「パルカディア王国は当時、我が国との同盟を望んでいました。それが望んだ形での結び付きとなるのが難しいと分かったあなた方のご先祖達はありもしない噂で国民を煽り、魔族領へと押し寄せてきたのです」
「う、嘘を申すな!!」
「嘘ではありません。あなた達にとっては歴史で学んだ本の中の出来事であっても、私達にとってはかつて自分達の身に起きた不幸です。忘れるはずもございません」
真剣な瞳に見つめられ、途方に暮れたスヴェンが両親を見るが一向に目を合わせてくれなかった。
それでようやく、スカーレット達の話していることが真実なのだと察してしまう。
「とにかく、やっと解放されたのですからもう私達に関わらないでくださいまし」
今更真実を知ったところで何も変わらない。
もう終わった話だ。
聖女の指輪は解かれ、婚約も破棄された。
あとはもう国に帰るだけ。何も知らない人間達のお勉強会に付き合うよりも、一刻も早く家族へ会いたかった。
「ま、まて!!大体、その話が本当ならば、まだ数百年の猶予が残っているではないか!」
違えるつもりか!と騒ぎ立てるスヴェンに頭痛がしてくる。
「何を申しますやら。そもそも先に盟約を破ったのはそちらです。これ以上待つはずもありません」
あれだけスカーレットを苦しめて、あまつさえ悪役に仕立て上げ婚約破棄までしたのに何故まだ猶予があると思えるのだろうか。
頭が痛くて仕方ない。
「それに――もう迎えが来たのでどちらにしても時間切れですわ」
直後、スカーレット達と王太子を分かつようにして禍々しい漆黒の渦が現れる。
と同時に、スカーレットと同じ赤い瞳の魔族が姿を現した。
「レティ」
聞くのは実に四百年振り。凛とした声は昔と変わらない。
少し長めの黒髪を揺らして現れたのは現魔王であり兄であるシディアンだった。
「シディアンお兄様。お久しぶりですわね」
「待たせて悪かったねレティ。リオンも、長い間ご苦労だった」
「若様……じゃなかった!魔王様ぁ!お久しぶりですー!」
きゃっきゃとリオンはスカーレットの横ではしゃいでいる。そこだけ見ていると何だかまるで昔に戻ったようだった。
「さぁ、早く帰ろう」
「ま、魔王よ!待っておくれ!!これには訳があるのだどうか話を……!」
背中を向ける魔王にすがろうと国王が手を伸ばす。どうにかことを収めなければという必死さが伝わってくる。
だというのに、父親の必死さを無下にしてスヴェンは明らかな敵意を持って片手を上げた。
「待て……!!お前たちをこのまま帰す訳には行かない!!」
王太子の一言でスカーレット達を王宮の兵士たちが取り囲む。
兵士達の瞳には怯えの色が映っている。
怖がるくらいならば歯向かわなければ良いのにと思うが、王太子に逆らうのも怖いのだろう。
そもそも、ここで逃がせば後がないと本能的に気づいているに違いない。
「逃がすわけにはいかない!」
勇ましく食ってかかる王太子を兄は鼻で笑った。
「勇者でもあるまいし、お前如きに私が阻めるわけなかろう」
「な……っ!!」
王太子は勇者の生まれ変わりである。
スヴェンはそう持て囃されて育った。
実際、勇者と同じ白い髪に金色の瞳で生まれた彼は豊富な神聖力を持っていた。
勇者の生まれ変わりであるスヴェンに、現聖女であるアリシア。
彼らはお似合いのカップルとして国では盛大に囁かれていた。
勿論、スカーレットはそれを阻む悪女として立ち塞がる設定だ。
スカーレットとてやっていられない。
そんな彼を兄は鼻で笑う。
そういう仕草は兄妹だなぁとどうでも良いことがスカーレットの頭をよぎった。
「勇者なぞこの国にはおらん」
「……っ貴様!!」
カッとなったスヴェンが勢いのままシディアンに飛びかかる。
それを指に込めた魔力だけで払うと、スヴェンは勢いもころせず柱へと激突した。
「さ、帰るぞ」
マントをひるがえし、シディアンが人間達に背を向けるが、その後で思い出したように膝を突く国王達を振り返る。
「あぁ、そうだ。パルカディアの王よ、盟約を破った四百年分の罰はあとでしっかりと受けてもらうからそのつもりでいるが良い」
鋭い眼光を受けて国王が悲鳴をあげる。
周りが皆座り込む中、シディアン達と共にスカーレットは悠々と人族領を後にした。
「姫様!!」
懐かしの魔族領ではかつて共に過ごしてきた家族がスカーレットを待っていてくれた。
「あぁユーリヒ、大きくなったわね」
まだほんの小さな子供だったはずの執事の息子はすっかり大きくなっている。
「レティ様!!」
「ばぁや!みんなも、久しぶりね」
乳母だったメイド長も兵士もかつての父の側近達も、皆もみくちゃになって再会を喜び合う。
スカーレットもリオンも、あまりの懐かしさから目に涙を浮かべて笑った。
その様子を玉座に座ったシディアンが感慨深く眺めている。
何もかもが四百年前の風景である。
再会の挨拶はその後夜まで続き、そのまま宴へと変わった。
慣れ親しんだシェフの作る故郷の味を堪能し大好きな人達と笑い合い、陽気な空気で少し酔ったスカーレットは兄の元へと避難してきた。
「ねぇお兄様、あの国をどうするおつもり?」
「さっさと滅ぼしてやろうかと思ったがやめだ。じわじわと苦しんでもらわねば気がすまん。どちらにしろ、あの国は長く持たないのだから」
好き勝手しすぎたせいで人族領にいた精霊達はすっかり姿を消してしまった。
そのせいで人間達による精霊の密猟が後を絶たず、精霊界も疲弊している。
その件を受けて霊樹の森は魔族領に帰することを決めたらしい。
完全なる結界のおかげで魔力の源が外へ出ることは無い。
精霊の力も魔力も失っては、今の機能は全て失われてしまうだろう。
実際、魔力が国の中枢となっている亜人達は魔力を失う訳にはいかないと、急遽同盟国として結界の中へと入ることに決めたらしい。
つまり、残るのはあの人族領の周りだけ。国に溢れている魔力もそのうち枯渇していくだろう。
取り残されたあの国が栄えることは無い。あとはゆっくりと消えていくだけだ。
散々な目にあったのであの国がどうなろうと別にどうでもいいことだが、国民のことだけが少し心残りだった。
魔族領には入れられないが、亜人国には国民が亡命できるよう取り計らうつもりである。
実際、亜人族と人族は魔族と違って割と友好的な関係を築いている。
勿論王家が亡命しようとも絶対許さないが、力のない者達は別である。
「あ、そういえばパルカディア国に勇者がいないというのは本当ですか?」
スカーレットの問いにシディアンはこくりと頷いた。
「本当だ。だって勇者の生まれ変わり、うちにいるからな」
「え?」
その時、場外から小さな足音が響く。
前までなら聞こえなかっただろうが、魔力が戻った今ならスカーレットにもすぐにわかる。
廊下を走ってくる小さな子供の足音。
その直後、音を立てて扉を開けたのはまだ幼い魔族の子供だった。
白銀の髪に黄金色の瞳は濃淡の加減で美しく輝いて見える。
それははるか昔、スカーレットを地獄から救ってくれたあの王の眼差しそのものだった。
「ルーク……?」
自身の名前を呼ばれたとは思っておらず、子供は首を傾げている。
しかしその瞳といい魔力といい、彼はかつてスカーレットを助けてくれたかの王に瓜二つだった。
とはいえ、どうやら記憶がある訳では無いらしい。近づいてまじまじと見つめると、子供の頬にサッと赤みがさす。
「は、はじめまして!ベルンシュタインです!」
兄の方を振り返ると少し不満げに頷かれる。
「あっているぞ。記憶は無いがな」
「そうなのね……」
スカーレットは少年の目の前へ膝を突いた。
「初めましてベルン、私はスカーレット。レティと呼んでちょうだい」
『「レティ?」』
かつて過ごした地獄のような日々の中で唯一幸せだったあの時を思い出す。
『はじめまして、ぼくはファルーク。きみのなまえは?』
『……スカーレット』
『きれいななまえ!
よろしくねレティ』
アルコールが入ったからか、気分の乗ったリオンが歌い出す声が聞こえる。
誰かがそれに合わせてピアノを弾き始めた。
美しい調べに乗せて歌うのは祖国の言葉で紡ぐ祝いの歌だ。
「これからよろしくね、ベルン」
もう彼の名は呼べないけれど、今日のようにきっと笑い合う日々が続くはずだ。
あの日、彼が牢屋の外から差し出してくれたように、スカーレットもまたベルンに手を差し出す。
一瞬キョトンと瞬きした後、ベルンはその小さな手でスカーレットの手をしっかりと握り返した。
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