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スカーレットは囚われる

 先代の臣下を切り離し、新たに据えることでスカーレットへの虐待もようやくおさまった。


 粗末な牢屋へやってきた小さな子供を、スカーレットは今でも鮮明に思い出せる。

 黄金の瞳はかの勇者と同じもの。

 同じく勇者の生まれ変わりと称されるスヴェンの薄い色とは似ても似つかない濃い金色の瞳。



 慈愛に満ちていて、とても優しい眼差しをした人だった。



 だというのに、その血統から生まれたスヴェンがこれとはあまり考えたくは無い。

 そもそも彼は何故アリシアと自分が出会えたのかも考えていないだろう。


「殿下。何故アリシア令嬢がたかが男爵家にも関わらず殿下に近づくことが出来たか分かりますか?」

「え?」

「なんだと?」


 まさか名前が挙がるとは思わなかったのか、アリシアが戸惑うように王太子を見つめる。


「王族というのは沢山の臣下に守られているものです。唯一の王子ともなれば尚更。なのに貴族の底辺である男爵家が近づくなど普通ではありえない」

「貴様!まだアリシアを愚弄する気か!」


 庇いだてるようにスヴェンが令嬢の前に出る。

 アリシアはアリシアで、うるうると瞳を揺らしさも悲しげな風を装っている。

 そのアリシアの後ろに控えていた侍女がじっとスカーレットを見つめた。

 ごく普通の茶色の髪にくすんだ灰色の瞳。その灰色の端で紫が揺らめくように混ざる。



「もう、構いませんか?」



 アリシアの侍女であった女が徐に口を開く。

 突然後方から聞こえた声にはアリシア達も驚いたようだ。振り返った先にいたのがアリシアの侍女だったので余計に混乱する。


「ええ、大丈夫よ」


 スカーレットがそう頷くと、ぺこりと頭を下げた侍女はこちらへと近寄ってくる。


「リオン!?危ないわ!!」

「お離し下さい、アリシア様」


 気弱な自身の侍女――リオンがまさか悪女の傍へ行こうとするとは思わずアリシアは慌ててその手を掴む。

 しかしそれはリオンの氷よりも冷たい眼差しを向けられて思わず手の力が緩んだ。


「……リオン?」


 スカーレットの斜め後ろへと控えると、リオンは眉根を寄せて困ったように笑う。

 あれはリオンの昔からの癖だ。

 その姿はいつも通りで、さっきまでの冷えきった色は見えない。

 スカーレットとリオンを見比べたが結局意味がわからず、アリシアは自身の中で全てスカーレットが悪いと結論づけた。


「なんて人なの!リオンを騙すなんて!」

「……全く、聖女が聞いて呆れるわ。もう少し場の空気を読めるようになった方がいいわよ」

「な……っ!!」


 バカにされたと分かり、アリシアの頬が紅潮する。

 それを鼻で笑うと、スカーレットはリオンの肩に両手を乗せた。


「リオンは元々、私の侍女よ。ほらリオン、腕を見せて」


 労わるように優しくリオンの手をとると、右手にはまった美しい金の蔦の装飾に片手を翳した。



 ――あれは、リオンが母の形見だと言って大切にしていたブレスレット!



 しかしそのブレスレットはアリシアとその他大勢が見守る中、スカーレットの魔力によって粉々に砕け散った。


「うそ……」


 バチバチと音を立ててリオンの魔力が解放される。

 茶色の髪は金を帯び、灰色の瞳は深いアメジスト色へと変化した。

 さっきまでの大人しげな雰囲気はなく、猟奇的な口元でニヤリと笑う。

 鋭い八重歯がギラギラと光って見えた。



「あぁーっ、最っ高の気分です!!レティ様ぁ!ありがとうございます!」



 伸びをしたリオンがスカーレットに抱きつく。

 リオンは魔力を封じ、神聖力を纏わせるために自分から神聖力の腕輪を着けていたのだ。


「痛かったでしょうリオン」


 魔力と神聖力は相反するもの。

 激しい痛みが全身を襲っていたはずだ。

 それでもリオンは大好きなスカーレットの為、それを自ら買ってでた。


「レティ様の為ならこのリオン、痛みなぞ何百年でも耐えられますわ」

「そんな……リオン……。だって、あなたがいたから私はスヴェン様と……」


 話についていけず、アリシアがその場に崩れ落ちる。


「あんたレティ様の話聞いてなかったの?」


 バカ?とリオンは首を傾げた。

 そもそもリオンはいつか来たるべき時にスカーレットの指輪を外させる為、代々受け継がれる聖女の血統を見守ってきたに過ぎない。


「何のためにあんたなんかを王太子に近づけたと思っているの。全ては姫様をこの地獄から救い出す為よ」

「うそ……」

「嘘でもなんでもないわ。現にあんたは私に唆されてスカーレット様に濡れ衣を着せて断罪、そして指輪まで外してくれた」


 聖女の指輪を外すには聖女の許しが必要なのだ。

 さっきのあの一言を得る為にリオンは四百年前からずっと控えていたのだ。

 わざわざそんなことしなくとも後から入り込めば十分なのにも関わらずずっと神聖力の腕輪を着けていたのは、王宮で苦しむスカーレットを思っての事だった。何も出来ない自分への戒め。そこにアリシアへの思いなど微塵もない。


「そんな……」


 ショックから立ち直れずにいるアリシアを王太子がそっと支える。

 幼少期から一緒に過ごしてきた侍女の裏切りは相当堪えたらしい。


「スカーレット……お前……ずっと俺たちを騙していたのか……!」


 スヴェンの一言にリオンがピクリと反応を返す。

 これは機嫌が悪い時の仕草だとスカーレットは彼女を見やった。


「散々私達をコケにしておいて何をおっしゃいますの」


 正式な盟約によってパルカディア王国へとやってきたにも関わらず虐待を受けたスカーレット。

 途中助け出されはしたものの、慈愛に満ちた彼が亡くなると今度は別の事が彼女を苦しめた。

 誰もがスカーレットのいる東の塔には近づかず、

 ただひたすら狭い塔の中から空を見上げる日々。

 拷問されなくなったのは良かったが、空腹と虚無感に襲われる日々が待っていた。



「慕っていた姫様のやせ細った姿を見た私の気持ちが分かる……?!」



 アリシアが近づいてきた時、すぐに新たな聖女だと気がついた。

 そしてリオンが人に化けてそばに居ることも分かった。

 あの時はようやく約束の日が近づいてきたのだと察して安堵したものだ。

 とはいえ、リオンとしては心苦しかったに違いない。


 リオンはスヴェンが何も知らないことも、馬鹿げた婚約話が持ち上がっていることも全て調査済みだった。

 彼女はそれを利用して、聖女であるアリシアをけしかけることにしたのだ。

 アリシアはリオンに言われた通り、スカーレットを嵌めにかかってきた。


 アリシアがただリオンの言いなりになっていたならば、スカーレットとて多少の罪悪感が湧いたかもしれない。



 だが父親に買って貰ったブローチを盗まれたと嘘をついた時も、ドレスを汚されたとスヴェンに泣きついた時も、それに怒ったスヴェンにスカーレットが頬を叩かれた時も。



 アリシアはスカーレットにしか見えないところで彼女を嘲笑っていた。



 貴族の末席にいる自分の一言で、この国一番とも言える尊い女性が転がり落ちていくことに快楽を覚えてしまったのだ。

 あまりにも楽しげなそれは、かつてスカーレットを拷問した王族たちと同じ目をしていた。

 彼女は、スカーレットの苦しむ姿を心の底から楽しんでいた。

 それを見れば、自然と罪悪感も何も抱かなくなっていた。

次回で完結予定です。

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