スカーレットは魔王の娘
駆けつけた国王達は、間に合わなかったと分かって膝から崩れ落ちる。
そりゃあ、会場にいた者たちが部屋から出られないよう足止めしていたのだから間に合うはずがない。
しかし、いいタイミングで来てくれたことで緊迫した状況に拍車が掛かった点は良かったかもしれないとスカーレットはひとり満足する。
「なんと……なんということをしてくれたのじゃ!!」
「ち、父上?」
たかが婚約破棄したくらいで何故こんなにも皆が騒ぎ立てるのか分からずスヴェンとアリシアは戸惑っているようだ。
「お前は今まで何を学んでおったのじゃ!!」
国王が情けないと言って怒鳴りつけるが、何故かそれにムッとした王妃が言い返す。
「貴方が甘やかして育てるから!」
「お前だって一人息子だからと甘やかしておったじゃろう!」
「貴方様ほどでは御座いませんわ!」
人目もはばからず、そのまま互いを罵りあって夫婦喧嘩を始める国王夫婦。
その周りの側近達はもうこの世の終わりだといった雰囲気で項垂れていたり白目を剥いていたり、この場から逃げ出そうとしたりと様々だ。
「ふふふ……っ!!」
周りの状況とスヴェン達の動揺が噛み合わず、スカーレットはコロコロと鈴が転がるような声で笑った。
「何がおかしいんだ!」
「おかしくもなりますわ。はぁ……何だかどうも話がおかしいと思いましたら、本当になにも知らなかったんですのね」
そう言うと、国王とその周りの側近たちだけは頭を抱え、ほかの貴族達は首を傾げた。
どうやら国王は側近にしか真実を伝えていないらしい。
「私は四百年前に魔族領と人族領の間で誓った盟約の印として人族領へと来た魔王の娘、スカーレット・ラドライト。それを悪女だなんだと言いがかりをつけ騒ぎ立てるおふたりはとても面白い演目でしたわ」
予想だにしなかったスカーレットの答えにスヴェンはぽかんと口を開けたあと、思わず鼻で笑った。
「何を言っているんだ。魔王ならばかつて国の勇者が倒した筈だろう!」
小さな子供でもしっているぞ、と嘲笑うと国王が近くにいた教育係の男を叱りつけた。
「も、申し訳御座いません!!殿下は……わ、わたくしの話をなかなか聞いて下さらず……」
怒鳴られた男はというと、ガタガタと震えて床に何度も頭を打ち付けた。
そこでようやく異変に気づいたらしいスヴェンが周りを見渡す。
両親達の絶望に満ちた表情でようやくそれが真実では無いと気づいたらしい。
そんなこと、今更知ったところで遅いのだが。
「国民へはそういう風に教えてるんですのね。私は王宮から出られませんので知りませんでしたが……まぁ、正直国の体裁があるでしょうからそう話すのは良しとしましょう」
ちらりと国王夫婦を見やるとその肩がビクリと跳ねた。
「ですが、国を背負う王太子までもがそう思っているようではこの先が思いやられますわね」
スヴェンはわがままな男だった。
一人息子で唯一の継承者ともなれば多少のわがままはつきものかもしれないが、彼のそれは度を越していた。
人の話は聞かないし、自分がこうなんだろうと決めつけたら必ずそう思い込んでしまう。
あとから何度訂正しても都合よく理由をつけては相手の方が嘘を言っていると決めつけてしまう。
もはや病気にも等しいそれは幼少期から発揮されていたものだ。
しかしいくら何でも、数百年以上も続く盟約を知らないとはスカーレットも最初は考えてはいなかった。
だが、初めて会った時から彼の考え方は妙だったのだ。
一目惚れしたと言って何度もスカーレットの押し込められている東の塔へ足を運び、彼女と婚約すると騒ぎ立てた。
勿論最初は国王夫婦も周りも反対したが、王子に甘い彼らは結局それを承諾した。
勿論魔族領には許可もなくである。
――まぁ、私の肩書きも悪かったのよね。
当時のスカーレットの肩書きは国王の厚意によって王宮に身を寄せる貴族の娘。
勇者伝説を作ってしまった以上、魔王の娘がいるなとど外部に話が漏れては事だからそんな風に設定づけられた。
ちなみにその前は異国から亡命してきた姫という肩書きだった。
とはいえ、今までの王族達はスカーレットのことを心得ていたし、婚約者に仕立てるなど馬鹿な真似はしなかった。
互いに命をかけた盟約についても知らないとは、立太子以前の問題である。
まさかそこまで理解出来ていないとは思っていなかったのか、国王も王妃も唖然として息子を見つめている。
婚約云々の話が上がった時点で気づいて欲しいものだ。大体、そのまま結婚していたらどうする気だったのか。
いや、それはそれで開戦を免れる事ができると本気で思っていたかもしれないのでなんとも言えないが。
普通、自分の家族が知らぬ男と無理矢理婚約させられていたら烈火のごとく怒ると思うけれどこの国王夫婦の考えは違うらしい。
人間の考えはよく分からない。
「実際は魔王と相打ちとなって勇者もその場で即死。本当でしたらそのまま互いの国の存続をかけて戦う必要があったのでしょうけれど、兄……魔王代理の意向で千年休止することにしたのですわ」
魔族領も勇者とそれを率いる軍によってかなりの数がやられた。国を守るためよりすぐりで集められた兵士たちの殆どがやられてしまった為、残っているのはひと握りの僅かな兵士たちだけだった。
その後戦った所で残るのは、結界も張れずに出来た焼け野原だけだろう。
それよりも兄はめちゃくちゃにされた魔族領の結界を張り直すことを優先した。
これは国が出来た時から何百年もかけて幾重にも重ねられた強固なものだ。
まさかそれが破られるとは思っていなかったが仕方がない。
急いで張り直したいところだが直す為の魔導師も足りなければ時間も足りなかった。
そこで兄も致し方なく千年の休止を申し出たのだろう。
気の遠くなるような数字は、人間達の気持ちを動かすのには十分な数字だったはずだ。
現に人間達は前向きな関心を示した。
千年など、悠久の時を生きる魔族には少しの時間に過ぎないので問題は無い。
しかし臆病な人族は魔族の言葉を信じきることは出来なかったようだ。
唯一の頼みの綱であった勇者がいない以上、そう思ってしまうのも仕方がない。
それらも考慮して、盟約の証として魔王の娘であるスカーレットが人族領へやってきたのだ。
スカーレットが居るうちは互いに国への手出しはしない。
勿論、スカーレット自身にも手出ししないことが義務付けられた。
それを提案したのは人間達だったが、当時は兄達にも臣下にも大反対された。
しかし国の存続がかかっているのだ。そんなことは言っていられない。
結局兄は苦虫を噛み潰すようにして「五……いや、四百年だけ待て」と言い換えた。
人間達は希望通り魔王の娘を人質として得たのである。
しかしそこからは人間達もずる賢かった。
聖女の作った魔力封じの指輪を着けさせることでスカーレットが好き勝手出来ないようにしたのだ。
まあ、その位は想定済みだし、魔力を封じられようともそこらの人間には引けを取らない。
それでも大人しくしていたのは祖国の結界が直るのを待つためだった。
――本当に長かった。
人間達はスカーレットへ手出しはしないと言ったにも関わらず、たった十数年程で彼女を蔑ろに扱い始めた。
時には残飯を与え、躾と称して拷問まがいの虐待まで行った。
地獄のような日々を耐えながら、それでもスカーレットは大人しく待っていた。
いつか兄が迎えに来るのを信じて。
しかし、そんな日々が永遠に続いた訳ではない。何代か後になって、まだ幼かったとある王子がスカーレットへ恋をしたのだ。
彼女を助ける為、彼は兄達を退けて国王へとのし上がり彼女に王宮での身分を与えた。
それが異国から亡命してきた姫君、スカーレット・リベルタスという身分の誕生である。