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第41話 ~変わらぬ故郷~

 どこまでも続くような田園風景の中を、一台の特急列車が疾走する。 俺がまだ学生だった頃、通学のために幾度となく使ってきた懐かしい路線。 そこそこに長い時を経ても、窓から覗く光景はかつてと全く変わらない。


 突然の兄からの連絡から一週間後、俺はリーリアを連れて故郷へと向かう列車に揺られていた。


「相変わらず寂れてるなこの辺は……」


 豊かな自然と引き換えに発展を放棄してしまったかのような、どこか寂しげな街並み。


 だがそれも、俺の隣に座るリーリアにとっては物珍しいことこの上ないようで、彼女は絶えず変わっていく景色を楽しむようにジッと窓の外を眺めている。


「なぁリーリア、そこまで驚くようなことなのか?」

「今でも信じられないわ。 こんなにも大きい鉄の塊が凄いスピードで走り回るなんて」

「だが君の世界には魔法がある。 目にも映らないほどの速さで飛び回ることだって不可能じゃないはずだ。 それに比べばなんてことないだろう?」

「それは魔法を使えればの話。 でもこの世界に魔法は存在しない。 この乗り物だけじゃなく、いろいろな物を人の創意工夫だけで造ってる。 それってとても凄いことだって思うの」

「……そうか」


 窓の外を流れていく長閑な風景を横目で眺めながら、俺の言葉をやんわりと否定するリーリア。 彼女は俺が話を切ったのを察すると、交代だと言わんばかりに微笑みながら口を開く。


「ねぇ、貴方が生まれ育った町ってどんなところなの?」

「町って言っても田舎だよ。 遊ぶところも観光地もデパートもない。 だからといって不便することもない。 ただ生きるだけならなんも不都合なこともない場所だ」

「つまりいきなり命を奪われるようなことは無いのね? 良い場所だと思うわ」

「そう思うかい? 昔の俺はこの町が嫌いだったよ」

「えっ?」

「色々あったのさ、……本当に」


 思わぬ言葉に困惑するリーリアから顔を背け、思わず目を閉じた俺の胸に去来するのは憎しみの残滓。 既に何十年も前の話だから地元の連中は何一つ覚えていないだろう。 だが、俺だけは昔起こった悲劇を引き摺っている。


「まもなく〇〇駅、〇〇駅。 お降りの方はお忘れ物の無いようご注意願います」

「やっと着いたな。 行こう、兄さんが待ってる」

「え……えぇ……」


 少し不穏気な俺に何か思うところがあったのか、リーリアは少しまごついた様子を見せながら俺の背中を追いかけてくる。


「ねぇレイジ君大丈夫? 無理してない?」

「大丈夫、今日の俺は一人じゃないからな」

「まぁ」


 心配げに顔を覗き込んできたリーリアに普段なら言わないようなことを伝えると、彼女は顔を仄かに赤らめて黙ってしまう。 だが、ロータリーに停められていた車からこちらに呼び掛けてくる声を察すると、すぐさま冷静に表情を引き締めて俺の背後に回った。


「あの人が?」

「そうだ、悪いヤツじゃないからそう警戒しなくていい」


 背中に伝う微細な殺気を直に感じつつ俺は思わず苦笑いを浮かべると、車の向こう側から姿を現した小さな影に手を振った。 背丈こそ俺よりだいぶ小さいが、確かな知性を窺わせる俺の見知った顔が、うんざりしたような表情をして手招きをしてくる。


「よぉ兄さん、変わってないな」

「うっせーよ馬鹿、のんきにペラ回してる暇あるなら荷物とそこのお嬢さんを後ろに乗せろ」

「へーへー」


 以前頻繁に顔を合わせてたころと変わらぬ軽口にテキトーに叩き返し、俺は兄貴のそこそこ高そうな愛車に引き摺ってきた旅行用カバンを詰めつつ、リーリアを共に後部座席へと誘う。


「母さんとミヒロは?」

「家にいるよ、お前が帰ってくるからってわざわざ奮発してご馳走作るらしい」

「大袈裟だな、何もそこまでしなくてもいいのに」

「二度と帰ってこないと思ってた家族が女連れて帰ってくるんだ。 そりゃ年甲斐もなくはしゃぎたくもなるさ」


 そう言いつつ兄貴は皆が乗り込んだことを確認すると、静々とアクセルを踏む。


 発進の瞬間、兄貴は後方確認のついででミラー越しにリーリアの顔をチラッと見た。 ほんの一瞬の出来事だったが、彼女は見られたことを即座に察したのか、和やかに微笑みながら奥ゆかしく頭を下げて返す。


「初めましてお兄さん、リーリア・シャミナと言います」

「鷹見一樹だ。 うちの馬鹿な弟が迷惑かけてないかい?」

「いえ、レイジ君にはいつも助けられてばかりで……」

「そりゃ意外だな。 人に歩み寄るなんてこと滅多にやらなくなったコイツが、自分から人を助けるなんてね」


 多少羨ましげであるが兄貴の好みではなかったようで、数日前のみっともない嫉妬が嘘のようにフレンドリーな口調で言葉を紡ぐ。 互いに第一印象は良かったようで何よりだが、数日前から引っ掛かってたことが、俺の気が完全に休まることを許さない。


「ところで兄さん、一体どうやって俺の携帯番号を調べ上げたんだ?」

「まぁ何というか……、家に帰れば分かるさ」


 何をどう聞いても帰れば分かるの一点張り。 一体何なんだと思いつつも、俺は黙って窓の外に目を向けながら、過ぎ去った時に再び思いを馳せる。


 親父は変わったと兄貴は言うが、俺の脳裏によぎるのは最も醜かった頃の親父のツラ。


 ――お前のような獣は我が家に生まれるべきではなかった。


「……ッ」


 二度とヤツを父親と思うかと決意させた断絶の言の葉。 それを無意識のうちに思い出し、俺は反射的に固く拳を握る。 今の俺の身体能力ならば、あの時のように両腕をへし折るどころか首を脊椎ごと引っこ抜くことだって軽くやれるだろう。


 もしも、ヤツがクズのままだったらどうしてやろうかと考えた矢先、固く握られた俺の手を、細くしなやかな指が解きほぐした。


「レイジ君、本当に大丈夫?」

「……すまん」

「おいおい俺に見せ付けてんのか? そろそろ着くんだから心の準備くらいさっさと済ましとけよ」

「あぁ、分かってる。 誓って警察沙汰にはしないから安心しろって」


 我が子を抱き寄せるようなリーリアの優しい囁きが、憎悪に呑まれかけた俺を正気へと引き戻し、兄貴の何気ない軽口が俺を普段の調子に整えてくれる。


 そんなことを車内でやってるうちに、一般家庭と比べればそこそこ大きな我が家へと遂に辿り着いてしまった。 相変わらず近寄りがたい大きな門と大袈裟な生け垣が、かつてそこに住んでいた頃を思い出させる。


「あぁ着いちまったか……」


 玄関先を見ることも出来ず、俺は俯きながら車から降りる。 今思えば、ヤツはともかく母さんと妹には何と言って顔を合わせればいいか考えていなかった。


 ただ地面を見て、そこにあるものを眺め続ける。


 砂利、雑草、そして……ロボット。


「……は?」

「こんにちは!」

「初めまして!」

「お帰りなさい!」

「な……何だコイツら!?」


 俺が存在を認識したのと同時に、子供の落書きのような簡素な顔をした小さな四角いロボット達が、ワラワラと玄関から現れて俺達を出迎えてくる。 見た目こそ玩具のような拙いものだが、二本の小さな足でバランスを一切崩さず軽快に走り、何度も器用に飛び跳ねては問題なく着地する様は、この世界の技術レベルから大きく逸脱したもの。


 おまけに、そこから紡がれる言葉は間違いなく意志を感じ取れる。 ただ意味も無く言葉を繰り返すbotではなく、れっきとした知的生命体としての意志を。


 彼らは俺が思わず零した言葉を耳聡く聞き付けると、俺が尋ねるまでもなく勝手に喋り始めた。


「あっ違いますよ。 私達はコイツらなんて種族じゃありません」

「私達は自律成長AI搭載型奉仕ロボット群。 通称“フォークス”」

「揺り籠から墓場まで、あらゆる人を幸せで在り続けるために製造されました」


 兄貴がしつこく言っていた家に帰れば分かるという言葉。 俺はようやくその意味を理解する。


「あらゆる人を幸せにねぇ、つまりコイツらに俺のケータイ番号を調べて貰ったと?」

「その気になればこの世界の未発達なネットワーク網をまとめて掌握出来るんだとさ。 それがフカシじゃないんなら、人様の電話番号一つ覗くなんて呼吸するより楽なんだろうよ」


 リーリアを連れて追いついてきた兄貴が戯けるように身を震わせてみせるが、すぐさま調子を取り戻してニヤッと笑う。


「最近話題になってる異世界騒ぎは知ってるよな?」

「ああ知ってるさ、俺の勤務先にもいきなり化け物が現れたからな」

「なら1から10まで説明する必要も無いな。 お袋曰く、うちの座敷に現れた変な“門”から、コイツらが突然現れたらしい。 以上説明終わり」

「……そんだけ?」

「他に何て言えばいいんだよ、門外漢に詳しい説明求めるなんてチンパンジーにディベートさせるより無理な話だぞ。 それに俺だって、コイツらの仲介があってつい最近実家に帰ってきたばかりなんだからよ」


 冷静に考えても全くもって意味が分からんと、兄貴は周囲を走り回っていたチビロボのうちの一体を頭に乗っけると、先に玄関に踏み入っていく。


「まぁそれはともかく、改めておかえりと言っておこうか怜二。 皆が待ってるぞ」

「……あぁ」


 もう二度と無いだろうとも考えていた家族との再会。


 不意に強い不安に襲われ、思わず俺は冷や汗を零すが、今まで黙って背後に佇んでいたリーリアが励ますように寄り添ってくれる。


 それに促され、俺は懐かしの玄関をくぐっていった。

今回も最後まで読んでいただき、まことにありがとうございます。


もし少しでも気に入っていただけたのであれば感想、ブクマ、評価を頂ければ幸いでございます。



たとえどれだけ小さな応援でも、私のような零細作家モドキには大きなモチベーションの向上に繋がり、執筆活動の助力となりますのでどうかよろしくお願いします。


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