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9話

 勉強っていうのは、正直あまり好きじゃない。物事に正解があることが、いまいちしっくりと来ない。でも、歴史はわりと好きだった。嘘つかないし、難しいこともない。

「違う。さっきもその類題で間違えてたぞ」

「うっせ」

 教師役になったのは鷹槻(たかつき)だった。なんでも教員免許を取得しているらしく、ムカつくけど教えるのは上手いと思った。

 ガキから話を受けて2日後、朝から夕方頃まで時間割のように勉強課程が用意された。そのうち鷹槻が空いている時間は、こうして俺の勉強を見る。

「たくっ……なんで俺がこんなこと」

「仕事だ。嫌ならここを出ていけ」

 真面目に机に向かったことのない俺にとって、この勉強漬けの日々は苦痛だった。でも時々、新しいことを理解したり、小テストの点数が上がったり、そんな小さなことを嬉しく思う自分もいた。

 学ぶことを放棄していたあの頃は、こんな感覚は知ることなど出来ない。

「あんたも大変だな、俺なんかに構ってよ」

「仕事だ、わきまえているさ。それに、お前は要領自体は悪くない。真剣にやればの話だが」

 褒められた?

 そう錯覚するぐらいに、鷹槻は俺に対して当たりが強い。だが、罵倒されるでもなく、単純に俺のことを述べたのは初めてかもしれない。

「私にとって、お嬢の安全が第一だ。本来なら俺たちの誰かがお嬢のそばで護衛をするべきだが、お嬢はお前を指名した。なら、私にはそれを育てる義務がある。せいぜい励め」

「へーへー」

 どっちにしたって、この男はガキのことで頭がいっぱいらしい。でも、何度も繰り返し教えるのも、忙しい中様子を見に来るのも、こいつの根っこの部分にある優しさなのではないかと思うほど、俺は平和ボケしていた。



「お邪魔するわよー」

 ある日、いつものように勉強をしていると、自室のドアがノックされた。それと同時に聞こえたのは、男にしては少し高めの声。口調も女のようだ。

 ドアを開けて入ってきたのは、薄い金髪をゆるく結んだ女? 違う、男か。

「あらぁ、今日も真面目にやってんのね」

「誰だよお前」

「やだあたしってば、自己紹介してなかったわね」

 男は腰に片手を当て、パチッとひとつウインクをした。ポーズが決まっているように見えて、男のスタイルの良さが際立った。もう片方の手にはお盆を乗せている。

「あたしは狐由貴(こゆき)。こんな話し方してるけど、ちゃあんと男よ。普段は情報収集とか、小夜ちゃんの身の回りの世話してるわ、よろしくね虎鉄ちゃん」

「ちゃん付けすんな、キメー」

「あら口が悪い」

 俺の悪態を気にする様子もなく、狐由貴はズカズカと部屋に入ってくる。

「これ食べるといいわよ。頑張ってるから熊井ちゃんがお菓子用意してくれたのよ」

 狐由貴は机の端にクッキーとコーヒーを置いた。ブラックは苦くてあまり飲めないが、俺のにはミルクがたくさん入っていた。

「あんた、意外と律儀よね。こんなに頑張るなんて」

「やらねーと鷹槻がうるせぇから」

「ふーん。それにしても、あんたあたしの口調とか気にならないの?」

 両腕を組み俺をまっすぐに見つめる狐由貴は、少し真面目な顔つきになった。だが、俺はこいつが何を聞きたいのか、あまり理解ができない。

「別にそんなのなんだっていいだろ」

 そう。正直どうでもよかった。

「お前がどう話そうが俺には何の害もねーし、どうだっていいわ」

「あら、あんた案外いい子なのね」

「どういう意味だよ」

「野犬がバウバウ吠えてんのかと思ってたわ」

 バカにする訳ではなく、本当に面白いというように狐由貴が上品に口元を押えて笑う。それを見て、一瞬ぽかんとしたが、だんだんと腹が立ってきた。

「んだと、この野郎!」

「はいはい、悪かったわ。お詫びにいつでも勉強見てあげるわよ。こう見えてもけっこういい大学行ってたのよ」

 組に所属しているにしては、人がよすぎる。明るく接する姿は、正直この世界では違和感を覚えるほどだ。

「組員には見えねぇな、あんた」

「狐由貴さんとお呼び」

「……狐由貴さん」

 近くに置いてあった参考書でボスっと頭を叩かれた。叱られるのは面倒だから素直に従っておく。狐由貴は、ふぅっとため息をつくと、幾分か声色を落として話し出した。

「あたし、小夜ちゃんに拾われたのよ。あんたと一緒で」

 数秒の沈黙。どこまで話すか悩んでいるようにも見えた。

「元々はホストやっててね。それなりに客もとってたの。だけど、あたしに惚れた1人の女性客が、どっかの組員の女で、色々面倒事に巻き込まれちゃったわ」

 その時、狐由貴を助けたのがガキらしい。もう店にはいられない。女はこりごりだと伝えると、ここで働かないかと言われたらしい。

「女性は苦手でも小夜ちゃんは別よ。だって、あの子は大切なあたし達のお嬢なんだから」

 こいつもだ。鰐刀や犬太郎と同じように、あのガキのことを考えていると優しい顔になる。愛情を注ぐ親のようにあたたかく、忠犬のように素直な目だ。

「けどさ、狐由貴さんみたいなホストがよく入れたな。ガキの親父とか嫌がりそうだけど」

「親父って、組長のこと言ってるの?」

「あ? ちげーよ、父親のこと」

 娘の近くに元とはいえホストがいるなんて、あまりいい顔しないだろうしな。

 狐由貴は信じられないという顔をして驚いていた。なんか変なこと言ったか?

「そう、あんた知らなかったのね」

ここまで読んでくださりありがとうございます

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