8話
今日は一日中晴れらしい。
洗濯し終わったばかりの野郎どもの衣服を干す。干し方が雑だと、この前鷹槻に叱られたばかりだから何となく丁寧にやってみる。
この広い家には、ガキが1人と俺を含め7人の護衛。帷組本邸から交代で複数人が住む。平日はガキは学校に行き、俺は家事や雑務を行う。平和すぎて頭がおかしくなりそうだ。
「虎鉄」
「あ?」
後ろから声がかかる。今日は休日だからか、ラフな格好をしたガキが立っていた。
「ちょっと話があるから、応接間に来て」
「ああ」
なんだ? ガキの方から話しかけてくるのは珍しかったし、少し難しそうな顔をしていた。まあなんにせよ、行けばわかるか。
応接間は名前を貰った日の場所とは別で、ソファーとテーブルが置かれたシンプルな部屋だった。小学生のガキがいるのはあまりにしっくりこない部屋だ。
「そこに座って」
指し示された向かいのソファーに座り、ガキの行動を監視する。少し古びた棚から、なにか取りだしているようだ。茶色の封筒。少し厚みがある。それを持ってガキが目の前に腰かけた。
「虎鉄に頼みたい仕事があるんだ」
「俺に?」
そう言ってガキが取りだしたのは、なにやら学校のパンフレット。ずいぶんと金がかかっているように見える。
「私が通ってる学校に、虎鉄も行ってほしい」
「は? 俺が?」
「うん。高等部に入学して」
「高等部って……高校のことだろ? 俺、中学だって真面目に通ってねえし」
卒業はしたが、ほぼ追い出すような形だった。恐らく、教師の手にも負えなかったんだろう。勉強だって嫌いだし、同級生と仲良くした記憶もない。そんな俺が、高校なんかに通えるわけがなかった。
「そもそもなんで俺が学校に」
「いま、帷組の周囲できな臭い動きがあるの」
ガキが言うには、この前の襲撃がきっかけらしい。
「帷組は血縁を大事にするんだ」
帷組の始まりは、5人兄弟だったらしい。長男が組長となり、他の4人でそれぞれ部下を集め規模を広げていった。それから、各幹部の子供へ稼業は引き継がれる。この組長の血縁者が現組長と目の前の少女。上層部を血縁者で統一したおかげか、最初のうちはかなり上手く仕事を進められたようだ。小規模な組織は、少しずつ力を強め現組長の時にそれは爆発した。
「でも、綻びっていうのは強さを手に入れて起こるんだ」
組を率いることができるのは長男の家系のみ。つまり、次に組長となれるのはまだ小学生の少女だけだ。2代ほど前から、この仕組みに特に不満を持つ男がいた。それが新鋭組、現組長。彼は、三男の家系の人間だった。
「血の繋がりは無いけど、家系図的には親戚なんだ。彼らは帷を抜けて独自の組織を組みたてた。荒削りで仕事を選ばないから、相当恨みを買ってるらしいけどね」
それと同じくらい、帷に恨みを抱く人間もいた。裏社会の人間に共通しているのは、どこもかしこもご立派なプライドを掲げていること。自分たちよりも強い存在に牙を剥くのは、当たり前と言えた。
「まあめんどうだけど話はわかった。だが、それがなんで俺の入学と繋がるんだ?」
「さっきも言ったけど、帷は血縁を大事にするの。だから、次の組長は私。でもひとつ心配されているのは、私が女だってこと」
それは、唯一にして最大の懸念点であった。女性進出がうたわれる世の中であるが、それはやはり表の世界でのこと。裏社会はいつも男の力を求められる。
「私以外に組長の血縁者はいない。だから、組長はこう考えてると思う。私が組長になる前に子供を産ませて、その子に家を継がせる。それまでは自分か、自分の右腕たちを使うと思うんだ」
これだけ大事に育てているように見えても、結局の所、孫も道具でしかないのか。虎鉄には、そう聞こえていた。
「だから帷を支配するのに手っ取り早いのは、現組長を殺すこと。でも、守りが固くてそれは難しい。それなら、私の婚約者になって次の席を狙うか、私を殺して混乱を起こすか。その2択が残る。簡単なのは、きっと後者だよね」
「だから学校でも護衛をしろってか?」
「うん」
金持ちたちが集う学校ならではの特徴がある。護衛や側近の見習いも主人と同じ学校に通うことが許されている。また、護衛も兼ねている場合は専用の授業選択が可能であり、護衛対象に合わせた行動ができる。
「入学予定は夏休み明け、それまでに試験の準備をして欲しい」
「試験?」
「うん。それが合格出来ればあとは興味のある授業だけ取ればよくなる。ただ、ちょっと難しいから頑張って」
「おい、俺はやるなんて言ってねえぞ」
そう言った虎鉄の前で、小夜は足を組み堂々と告げる。
「虎鉄、これはお願いじゃない。仕事だよ」
儚げな少女の顔ではなかった。漂う空気には、支配者としてのオーラが入り込み、虎鉄に向かってそよいでいる。
ゴクリと1つ、唾を飲み込んだ。目の前にいる少女が、だんだんと恐ろしく感じてきた。
「どこの組にも、同じルールがある。上の命令に従うこと。それが嫌なら主人を裏切るか、組織を抜け出すしかない。虎鉄、選んで」
足を組み替えると同時に、ソファーから擦れる音がする。この少女が、小学生であると虎鉄は信じることが出来なかった。
「私の期待を裏切るか、組を抜け出すか、仕事を引き受けるか」
「……やるよ」
俯いた視線では、少し不安げに揺れた瞳に気が付かない。
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