7話
「そんじゃお嬢、帰りは鷹ぴたちが来る予定なんで」
「うんありがとう。虎鉄の買い物よろしく」
「おじょー行ってらっしゃい!!」
窓の向こうから鰐刀に手を振り、ガキは学校へと入っていった。でかくて重そうな両開きの門を通り数分。女の像が置かれた噴水を中心に、ロータリーを回って玄関の前で俺たちの車は止まっていた。
門と同じく、学校自体もでかい。校舎とかグラウンドを合わせると俺が通っていた小学校が10棟ぐらい入りそうだ。こんなでかくて意味あんのか?
「初等部はまだ小さい方だよ。他にも中等部高等部があるからね」
「いっかんこーってやつだ」
校舎を見つめている俺に、2人が説明を始める。もっとでかいのがまだ2つもあんのかよ。
「ここに通ってる子はほとんどが政治家とか医者とか、まあお金持ちの子供だね。セキュリティも万全だし、組長が入れたがるわけだよ」
「あんたらの守るガキもそのうちの1人だろうが」
「おい! おじょーのことガキって言うな!」
咄嗟に鰐刀が真横でキレる。そういえば鷹槻以外の前でガキって言ったことなかったな。
「ガキはガキだろ」
「こてっちゃーん、それ鷹ぴとかてんてんの前で言ったら殺されるよ」
「てんてん?」
また知らない名前が出てきた。おっさんは車を走らせながらてんてんって男について紹介をする。
「てんてんってのは、うちの組員。本名は貂矢だけどね。お嬢ガチ勢でさ、たぶん俺らのこともどうでもいい子なのよ。お嬢が生きてればそれでいい、みたいなね。殺しの腕はピカイチ」
話を聞くだけだと、なんだか気味が悪いやつだ。もしかして、あの日ガキに指示されてたやつか? 髪が長くて顔があまり見られなかったけど。
「あまり会うことはないかもね。てんてんは比較的隠れてるし、仕事でよく外に出るから」
「会ったらまた紹介してやるよ」
「ん」
遠ざかってもまだ微かにみえる学校を眺め返事をした。
恐らく、ガキの部下はひどく曲者揃い。おっさんが1番まともそうに見える。いや、熊井もわりと普通か? めちゃくちゃ喧嘩強そうだけど。
車を30分ほど走らせると、大きなショッピングモールにたどり着いた。家具も服も1式がここで揃うらしい。こんな広い店に入ったことはない。
「スーツも買わないとだね。あー、でもまだこてっちゃんは10代か……あっちの仕事はしないよね」
「とりあえず他に必要なものでいいんじゃねーの?」
「そうね」
先行する2人は次々と店を周り、俺の服や日用品を買い揃えていく。よくわからないから、全部2人の判断に任せておいた。増える袋は全部俺の手に。両手の容量を超えそうになった頃、昼を食いに行くかと犬太郎が買い物を切り上げた。
「フードコート、初めて来た……」
「あらま、じゃあおじさんがなんでも奢ってあげるよ」
「俺様も! 俺様にも奢ってくれ!!」
「はいはい、これで好きなの買ってきんさい」
犬太郎はいくらか鰐刀に手渡すと、空いている席を見つけてゆっくりと腰を下ろした。
「いやぁ、野郎の買い物はつまらんし疲れる」
「悪かったな」
「ほんと、感謝して。まあそれは置いといて、はいこてっちゃん。君も好きなの選んでおいで」
5000円札をスっと取り出した。俺から服とかが入った袋を奪い、代わりに金を握らせる。
「育ち盛りなんだから、好きなだけ食べるといいよ」
「……さんきゅ」
少し小声で礼を言ってから、フードコートを見渡した。ハンバーガーにラーメン。韓国料理もステーキも。いろんなものが並んでいる。どれもこれも俺には贅沢品だ。少しワクワクとした感情を抱きながら、気になった店のメニューを眺める。
前までだったら、一生こんな体験は出来なかっただろうな。これも、あのガキのおかげなのか?
「おかえりなさいませ」
「ありがとう、タカ」
夕刻、小夜は鷹槻と熊井が待つ車に乗り込んだ。虎鉄の買い出しを終えたこと、それと朝から鷹槻を含めた数人が行っていた仕事について報告を受ける。
鷹槻は組長から呼び出しを受けており、朝から本邸を訪れていた。学業を優先して欲しいという祖父の思いがあり、小夜が直接呼び出しをされることは少ない。表向きにはそう評価されるだろう。
「なんでも複数の組織が動いているようで」
「本邸もこっちも守りを強めたいってことだよね」
「はい、そういうことになります」
先日、単独で小夜の元に襲撃に来た男がいた。その男は、かつて関東で仕事をしていた組の人間である。帷が現れ、稼業がままならなくなりろうそくの火のように静かに消えてしまった。
「新鋭との繋がりは?」
「今のところはないようです」
それならば彼はやはり単独で動いただけか。そう感じたが、祖父の話では複数の組織に動きがあるとのこと。決めつけはよくない。昔は1人で乗り込む人間も多かったが、帷の実力を知らない者はいないはずだ。つまり、そんな馬鹿な真似をする人間も少ない。
「組長は組同士が手を結び、帷に襲撃を考えているのではないかと」
「どうして?」
「襲撃してきた男は、どうやら組長が別の場所にいることを知っていたようです。あの時は元からお嬢を狙っていたのではないかと」
「様子見がてら、捨て駒にされたんだね」
帷の実力は知れ渡っていたとしても、その孫娘の方はまだまだ情報不足だ。それもそのはず、裏稼業が小夜の元に回ることなどほとんどないのだから。
「本邸に戻るべきでは?」
「組長はそんなこと望まないよ。あの人は、あまり私といたくないはずだから」
時々体調を気遣う電話や学業のサポート。様々なことに気をつかってくれる祖父。しかし、実際に顔を合わせる回数は少ない。
祖父は自分への申し訳なさと、あの日から感じた畏怖を忘れられずにいるのだと、小夜は俯いた。
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