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49話

 騒動が片付いてから、お嬢と俺たちは一度帷組を離れた。遠い土地に行きたいと言ったお嬢に合わせて、東北に向かった。春を迎えてから、お嬢はそこの中学校に通い始め、鷹槻(たかつき)たちはまえの家にいた時と同じように、帷組の一部の業務を担っている。

 学校内でのお嬢の護衛がなくなったが、俺はお嬢の中学近くにある高校へと転入することになった。

「虎鉄ー!! 弁当箱出してない!!」

「やべっ!」

 高校に持っていく昼飯は相変わらず熊井(くまい)の特製弁当だ。お嬢は未だに他人の作ったものは食べられず、周りが給食を食べる中、1人弁当を持参しているらしい。鰐刀(がくと)に言われて、まだ弁当箱を洗っていないことに気がついた。以前、朝まで忘れていた時は、熊井が俺の頭を片手で掴み、ミシミシと音を立てていた。潰されるところだったな。


 こんな生活が数ヶ月続いた。1番変化が現れたのはお嬢だ。氷のような無表情だったお嬢に少しずつ笑顔が生まれるようになった。

「お嬢」

「虎鉄、お嬢じゃないでしょ?」

「あー、小夜……」

「言いづらそう」

「実際そうなんだよ」

 お嬢は自分のことをお嬢と呼ぶことを禁じた。ここでは自分はお嬢ではなく、小夜という1人の少女だと言いたいのだろう。俺以外は難なくそれをこなす。狐由貴(こゆき)に至っては、前から小夜ちゃんって呼んでいたしな。

「それで、どうしたの虎鉄?」

「あーいや、また出かけねぇかなと思って」

 このところ身長の伸びが止まらない。新しく買ってもすぐに袖や裾が足りなくなったと感じてしまう。俺は別に構わないが、狐由貴が丈の足りない服はダサいと文句を言い始める。

「また大きくなったんだね。いいよ、行こう。私も本が見たかったの」

 休日には家に引きこもることも少なくなった。友人と出かけることはない。そもそもいるのかわからない。お嬢が遊びたがるのは俺たち、それがいいのか悪いのかはわからないが、これもお嬢の変化だと言えた。


 このまま、不思議な家族の形をしたまま、ここで過ごしていければいいな。そんなことを思うようになっていた。だが、お嬢は完全に帷の名を捨てる気はないらしい。

「私が高校生になったら、向こうに戻ろうと思うんだ」

「向こうって、帷組にってことか?」

「うん。いつまでも休んでちゃいけないと思って。もし虎鉄たちがまだ一緒に来てくれるなら、きっと大丈夫だと思う」

 帷組の跡継ぎにはお嬢が指名されていた。そのお嬢が今は組を離れている。その間に新しく跡継ぎを用意するのかと思っていたが、組長にはそのつもりは無いらしい。お嬢曰く、組長は自分に関わる様子は見せないが、これまでの伝統を破るつもりもないとのこと。帷の血を継いでいる人間が、組長という肩書きを手に入れる。

「私が組を継ぐまではまだ時間があるから、その間に私が後継を探すんだ。それで、またみんなと静かに過ごしたい。虎鉄はそれじゃつまらない?」

「小夜といてつまらないと思ったことはなねえよ、悲しいことにな」

「嫌味な言い方」

 きっとお嬢はこの願いを叶えることが出来る。俺たちもその願いのために力を尽くすからだ。なんでこんな子供のために、なんて思っていたこともあったけど、お嬢は俺たちのことを自分以上に想ってくれる。だからその想いに応えたくて、少しでも笑って欲しくて、俺たちはお嬢のために働くことを選ぶ。

 上手く利用されてるとか、そんな馬鹿みたいなことは考えない。お嬢がお嬢らしく生きていけるなら、それで十分なんだ。






 さっき純太(じゅんた)が死んだ。新鋭組を使って、小夜のいる帷組別邸メンバーを全員殺すつもりだった。タイミングを見計らって小夜だけを連れ出し、帷組組長に貸しを作る。そして抗争に参加した新鋭組は、蛇水組の方で処理をする手筈だった。

 失敗を純太から聞き、すぐに組を離れた。その準備も整えていたが、自分が考えていたよりも小夜という人間の駒が厄介だ。逃げても逃げても、必ず命の危険を感じ続ける。音もなく忍び寄った男は、純太の首を切り裂き、あっという間に始末した。何発か発砲して無様に逃げ出す。滑稽だった。だが、死ぬよりはマシだ。

 角を曲がってすぐに、なにかに顔を押さえつけられた。自分の勢いと反対からの力ですぐに後ろへ倒れ込んだ。背中に鈍痛が広がる。

 硬く、温度を感じない肌。それが手だとわかるにはそんなに時間はかからなかった。

「おじょーを怖がらせた奴。あとはお前だけだ、俺様が殺してやるよ」

 辺りが暗くても、男の細い瞳孔と鋭い歯は、相手の指の隙間からよく見えた。

貂矢(てんや)が先に見つけた」

「もう1人殺してるだろ! 俺様の番!」

 逃れようともがいても、相手の手が弱まることは無い。むしろどんどん力を込められている。

「これでやっと、おじょーが安心できる」

 一瞬、優しそうに微笑んだあと、頭が持ち上げられすぐさま地面に叩きつけられる。何度か衝撃を受けて、いつしか意識を失った。


「死んだ?」

 最後に1度、鰐刀(がくと)は蛇水廉の頭を地面に叩きつけた。

「たぶんなー」

 まあ生きていても、どうせ穴に入れて燃やすだけだ。

「鰐刀ー、貂矢ー、車用意できたから持ってきてー」

 物陰から熊井(くまい)が姿を現す。

 最後の処理についてはお嬢の指示では無い。犬太郎を主として4人が動いた。鷹槻も何が行われたかは把握するが、彼はお嬢の指示以外で殺しの仕事はしない。

 恨みを持った犬ほど怖いものは無い、そうだろ?

 犬太郎は、車内で煙草の煙を吐いてかつての友に語りかけた。

ここまで読んでくださりありがとうございます

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