48話
「お嬢、この件が片付いたら、お嬢はどうしたいですか?」
鷹槻は小夜の仮の寝室で話しかけた。他のメンバーは他の部屋で食事をとっているため、この部屋には2人だけだ。小夜は、布団の上に座り直し、近くに座る鷹槻の手を握った。
「昨日のこと、すごく怖かった。みんなにもう会えなくなるかと思って、涙が溢れたの」
小夜自身も、自分からまだ涙が出るなんて思ってもいなかった。自分が怖がることももうないと思っていた。
「私、もうここにいたくない」
押さえ込んでいた感情が爆発したかのような感覚。その後に思い浮かんだのは、その考えだった。
「タカ達と、どこかに逃げたい。組長も祖母のことも、少し忘れたい」
小夜はもう限界だった。自分を守るために集めた虎鉄たちが、今では1番の恐怖だった。1人でもかけてしまえば、もう自分を保つことなんて出来ない。小夜はようやく自分のことを理解出来た。
鷹槻はそんな小夜の様子を見て、不謹慎にも微笑んでしまった。この言葉は、鷹槻がずっと望んでいたものだったのだ。新参者に先を越されてしまったことは悔しいが、その事がきっかけになったのも事実だ。
「お嬢、私はいつでもあなたを連れて逃げる覚悟があります。組からもこの世界からも、どんな敵が来たって、私は最後までお嬢を、小夜を守ります」
今日まで言えなかった助けてを、鷹槻は全力で叶えよう。この瞬間、新たに決意した。
きっと、小夜がこの組を抜け出した時、現組長である隆一は追ってこないと鷹槻は考えていた。自分の妻を殺し、少女でありながらも組の一員としての役割を果たしてきた小夜のことを、隆一は心のどこかで恐れている。
無意識に脅威と捉えたその存在が、自ら離れていくのなら、隆一は安堵するのだろう。
「小夜、みんなで何がしたいですか?」
「……特別なことはなくていいよ。毎日一緒にご飯を食べて、時々出かけるの。それでね、いつか、楽しいねって笑いたい」
「きっと出来ます」
「うん」
それから2日後、鬼龍組組長とその側近。計3名の男と小夜は対峙していた。小夜よりも遥かに大きな体をした男たちが目を泳がせる。小夜の後ろには、鷹槻、犬太郎そして貂矢が控えており、密かに、だか相手に確実に届くように殺気を飛ばしている。
「書面での約束はかなり効果があると思っています。口約束なんて信用できないですから」
小夜が1枚の紙を机に滑らせた。刃物を使わなくても簡単に切り裂ける薄い紙切れに、鬼龍組の未来がかかっていた。
「帷組は、傘下には優しいんです。裏切りはご法度、でも下剋上ならありえるかもしれませんね。実際下位の組織同士では力の呑み合いがあるのが事実です」
力があれば優遇され、より大きく稼ぐことが出来る。帷組の長に忠誠を誓ってさえいれば世間的にも警戒されることが減り、動きやすくなるという利点もある。
「うちは蛇水組を入れるつもりはありません。組長さん、過去にどんな恩義があるかは存じていますが、それは帷組には関係の無いこと。これ以上手を組んでいるつもりなら、それ相応の覚悟をなさってください」
小夜は鬼龍組に交渉を持ちかけた。今回の新鋭組の騒動は、鬼龍組が傘下に置いている蛇水組。今後一切、蛇水組とは縁を切り、帷組の傘下に入ること。そうすれば、鬼龍組のシマに干渉する気は無い。
小夜が考えていたように、鬼龍組はこの交渉に頷いた。いつか帷組で力をつける時に、この少女を利用出来ると思ったのだ。それはとんだ誤算になるのだが。
交渉が完了した後、すぐに本邸が動いた。蛇水組は事務所を襲撃され、多くの人間が死亡、または捕えられる。捕えられた構成員もそのまま生かされるとは限らない。
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