47話
1時間ほどして、鷹槻たちがマンションにやってきた。狐由貴がオートロックを解除すると、犬太郎以外が部屋にやって来た。犬太郎はひとり本邸に行き、報告をしているらしい。
鷹槻は部屋に入ると、真っ先にお嬢を抱きしめた。その背後で貂矢が恨めしそうに見ている。
全員怪我をしているが、致命傷ではない。服が1番ボロボロなのに、傷が浅い鰐刀はさすがだと言うべきだろうか。
「お嬢、本当にどこも怪我していいないですね?」
「うん。大丈夫、虎鉄がいてくれたから」
鷹槻はちらっと俺を見てまたすぐにお嬢を抱きしめた。きっと新鋭組と対峙しながらも、鷹槻はずっとお嬢のことを案じていたんだろう。俺が入ってから、鷹槻がお嬢から離れることは本当に少なかった。今回みたいな緊急事態なら尚更だろう。
「鷹槻ー、ずるいぞ! 俺様もおじょーとぎゅーする!」
「貂矢も、頑張ったから、褒めて欲しい」
「うん、順番ね」
そう言いながらも、お嬢は鷹槻に抱きついて離れない。こういう時に、お嬢の1番の心の拠り所が鷹槻であると思い知る。
全員が落ち着きを見せた頃、狐由貴のスマホに連絡が入った。恐らく犬太郎からだ。
「そう、わかったわ。ええ、すぐに準備出来ると思う」
狐由貴が指示を受けてすぐにパソコンへと向かった。数分で電話を切ると、今度は鷹槻と話し込む。
「お嬢、裏が取れ次第、新鋭組と交渉を始めるそうです」
「わかった。それは本邸が?」
「はい。いま家の方には本邸からの応援が来ていますので、そちらで処理を行うかと。それと、いま狐由貴が裏口の映像を探っています。蛇水組にも忠告する必要があるかもしれません」
恐らく、純太の姿を探しているんだろう。だが、あいつの勝手な行動だと言われれば、純太が1人死んで終わり、そうなる可能性が高い。
「鷹槻」
一先ずの話し合いが終わったところで、俺は鷹槻を呼んだ。相変わらず不機嫌そうに顔を歪めているが、俺はどうしてもこいつに伝えたかった。少し離れたところで話しているお嬢達に聞こえないよう、いつもより声をひそめる。
「お嬢は言ったぜ、俺に助けてってな、怖いんだってさ」
「それがどうした」
「あんたが引き出せなかったお嬢の気持ち、俺なら引き出せた。どうだ、悔しいか?」
いつも見下されてバカにされてるんだ、これぐらいの仕返しをしたってバチは当たらない。鷹槻は、さらに眉を寄せ少し拳を握った。
「そうだな、悔しい。だが、今回の新鋭組の件はお前も絡んでいるかもしれない、そこは覚えとけよ」
「げっ……」
すっかり頭から抜けていた、そういえば過去に俺は新鋭組にちょっかいを出していたんだ。今回のことはそれとは別と思いたいところだな。
「まあ、恐らく帷組に潜り込んでいたあの若造だろうがな。新鋭組にとっては理由はなんでもいいんだろう」
ふぅっと1つ息を吐き出すと、鷹槻は俺の肩に少し強めに手を置いた。
「お嬢に怪我がなかったのも、いまああやって落ち着いているのもお前のおかげだ、助かった」
初めて鷹槻に褒められた気がする。いつもより緩んだ表情に少し驚いた。お嬢と話す時以外は、いかにもヤクザというような顔をするくせに、いま俺に向けているのは、普通の男の顔だ。
鷹槻はもう一度俺の肩を叩いて、狐由貴の元に去ってしまった。褒められた、認められた、役に立てた。それら全部が嬉しくて、心の中で小さくガッツポーズをする。だが、今ある問題が片付いたわけじゃない。
次の連絡が入ったのは、翌日の昼をすぎてからだ。犬太郎の帰還とともにその知らせがやって来た。
「じゃあ、この前炙り出されたやつの仇だって言ってんのか?」
「そゆこと。実際、あの下働きくんが新鋭組にいた事実はないけど、そういうことに新鋭組はしちゃったからね」
今回の原因として、俺のことは関わりがなかった。鷹槻の言っていた通り、以前お嬢の情報を流した男が引き金だったようだ。
「それと、もうひとつ。蛇水組が関わっていることがわかったよ。今回の抗争で両者共倒れを狙ったみたいだけど失敗したから、しっぽを捕まえられた」
新鋭組は今回の騒動の理由として、以前帷組に潜り込んだ若手を使った。その存在は、蛇水組の人間から伝えられたようだ。それが、蛇水廉。今ごろ、上手く事が運ばなかったことで焦っているんだろうな。
「たぶん、新鋭組があんなに少人数で抗争を仕掛けるとは思わなかったんだろうね〜」
口調は軽いが、犬太郎の目は全く笑っていない。疲れもあるだろうが、今回のことにかなり怒りを覚えているらしい。
「新鋭組とは今回の抗争参加者の首で手打ちになりそうだね、問題は蛇水組だ」
「ケン」
「ん? どうしたのお嬢」
「鬼龍組に直接交渉しよう。鬼龍組がこっちの傘下になれば、蛇水組を仕留めやすい」
俺の腕にいた時の少女の顔はもうない。ひとつの組織をまとめる長の姿がそこにあった。
「ですがお嬢、鬼龍組はほとんど蛇水組に抑えられていると言っても過言ではありません」
「大丈夫、鬼龍組はたぶん力のある組に入りたいんだよ。潰されるかもしれない、組といつまでも手を繋いでいられるほど肝は据わってないと思う」
鬼龍組を取り込み、蛇水組を潰す。そうすればうちの組長の望みにも多少は沿うことが出来る。お嬢はそう考えているようだ。
「テン、鬼龍組は危険だと思う?」
以前、鬼龍組の監視を行った貂矢に、お嬢の視線が向けられた。貂矢は即座に首を横に振った。
「あいつら弱い。お嬢に逆らえないと思う」
「たぶん、小夜ちゃんが相手なら御しやすしと考えて、あっさり鞍替えするじゃないかしら。いつでも手駒に出来る、なんて馬鹿な考え持ってさ」
「じゃあ決まりだね」
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