44話
狐由貴が本気を出せばこんなものだ。犬太郎はそう言って口元だけ笑みを見せた。どうやら、情報を垂れ流した奴がわかったらしい。そいつは最近下働きをするようになった若い男。とは言っても、俺よりは年上だ。真偽を確かめたり、蛇水のことを調べたりするためにもすぐに尋問が行われるだろう。もちろん俺にはその仕事は回ってこない。こういうのは、犬太郎が得意らしい。
犬太郎が尋問して3日後。男と周囲の関係性が見えてきた。男は別邸担当の帷組舎弟の紹介で入ったらしい。なんでも、やたらと熱意があって気に入ったとか。下働きをさせるならちょうどいいと、お嬢のいるこの別邸に配属になった。
男は、この仕事が上手くいけば新鋭組に名を連ねることが出来ると語った。
新鋭組はさほど大きな組織ではないが、血の気の多い連中が集っているそうだ。抗争なら新鋭組、裏社会の人間はよくそう言う。新鋭組は今や暗黙のルールとなっている、一般人を巻き込まないという考えは一切持っていない。そんな新鋭組を抑えるよう動いているのが帷組というわけだ。だからこのふたつの組は争いが絶えない。
「ユキ、その提案をしたのは誰かわかる?」
「それがね誰かわからないの一点張りなの。そこまで賢い男じゃなかったから、新鋭の名前を出されて喜んじゃったみたいね」
最終的な黒幕は判明しなかったようだ。だが、これで こちらのスケジュール等が流されることはなくなった。
「じゃあおじょーはもう学校行くのか?」
「うん。家出る時間とか帰りも少しズラしながら行こうかな」
「俺様、護衛で着いてく!!」
「車の中だけだよ。学校は虎鉄がいるから」
ここ数日はお嬢が家にいたから鰐刀と貂矢はやたらと構って欲しがっていた。マジでどっちが年上かわからん。
「でも、小夜ちゃん。スパイがあぶりだされたから、向こうは行動を急くかもしれないわ。本邸に行った方がいいんじゃないかしら?」
「そうだと思うけど、たぶんすぐに許可は出ないと思う」
そう、お嬢の安全を第一に考えるなら、蛇水組の話題が出た時にお嬢を本邸に移すのがベストだ。しかし、組長はそうしなかった。鷹槻も犬太郎も、それに胃を唱えたが、組長は一向にお嬢を呼び寄せない。そのうち、お嬢がやめるように言って何も出来なくなった。
「たぶん、組長は私を餌にして、鬼龍組も蛇水組も、新鋭組も全部まとめて消したいんだ」
その時部屋にいたお嬢の他3人は息を飲んだ。お嬢は俺たちとは正反対で、当たり前だと言うように語る。
「直接言われたわけじゃないけど、避難を促さないってことはこっちで処理しろってことだよ。だから、私はここにいるしかない」
3つの組織を、お嬢に任せるって言うのかよ。そんでお嬢は、それに従うのかよ。
「いいのかよ、それで」
「うん」
「死ぬかもしれねえだろ」
「そうだね」
「くそっ!」
俺は苛立って机を力強く叩いてから部屋を出た。お嬢の体が少し震えた気がしたが、構っていられない。悔しくてムカついて、心がかき乱されて、そのせいで涙がこぼれそうだった。
いつもより強めに足を踏み出して廊下を歩く。お嬢の幸せを俺が見つける。そう思ったのに、見つける対象がそれを諦めてしまった。なぜかそれが悲しくてたまらない。
昔の俺は、他人のことなんてどうでもよかった。自分が生きていければそれで良かった。それに必死だったんだ。なのに俺は今、お嬢のことを思った苦しんでいる、悲しんでいる。
「面倒だ……本当にムカつく」
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