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43話

「お嬢、マフラーどうぞ」

「ありがとう、クマ」

 家を出る直前、熊井(くまい)がお嬢の首にマフラーを巻いた。どうやら今日は一段と冷え込むらしい。今朝のニュースで、北海道は数メートル先も見えないほどの吹雪だと言っていた。もしかしたら、こっちでも雪がチラつくかもしれない。

「こてっちゃんもマフラーした方がいいんじゃない?」

「持ってねえし」

 今日の送迎担当は犬太郎(けんたろう)だ。くすんだ緑のマフラーを軽めに巻き始める。

「そんなに見られても、これはあげられないね〜」

「いらねえよ! 加齢臭まみれだろうが」

「ひどいなー」

「虎鉄、今度一緒に買いに行こ」

「は? だからいらねえって」

 なんでマフラーひとつでこんな騒がなきゃいけないんだ。いらないと言ったけど、たぶんお嬢は俺を連れて買いに行く。気にしてないと言っているのに、みんなが持つものを俺一人が持っていないのが嫌なんだ。



 買い物は近所の大型ショッピングモール。最初に俺のものを一式揃えたところだ。そういえば、おれから全然来てなかったな。用もないし、基本は学校と家の行き来と時々お嬢について、外に出るぐらいか。

「虎鉄は何色がいいかな」

「んなのテキトーでいいよ」

「でも虎鉄はきっと誰かと色が被るの嫌だと思うから」

「そ、そうだけど……」

 俺はお嬢のこと全然わからないのに、お嬢は俺の事をよく理解している。それがちょっと悔しい。

 買ったのは黒ベースに黄色のラインが少しずつ入っている長めのマフラー。どことなく虎を連想させるデザインは、お嬢じゃなくて俺が気に入った。

 店員がその場で値札を切ってくれたから、早速それを巻いてみた。少し高めのを買ったおかげか肌触りがよくて、首を締め付けられるような感覚もなかった。

「気に入った?」

「ん」

 首元の布を撫でる俺を見て、なぜかお嬢が満足気だ。用も済んだところでさっさと帰ろうと思ったが、突然鷹槻(たかつき)の眉間にシワがよる。そして熊井(くまい)が1歩前に出た。何事かと思って、前に視線を向ける。そこには、純太(じゅんた)と今では胡散臭いとしか思わないが、人の良さそうな笑みを浮かべる蛇水廉(じゃすいれん)がいた。こちらに向かって、ゆっくりと歩いてきている。

「どーもー、帷の皆さま〜」

「こんな偶然もあるんですね」

 お嬢の横に立ち、いつでも庇えるように身構えた。熊井と鷹槻は、蛇水たちからお嬢が見えないように立ち塞がっている。

「本当に偶然でしょうか」

「もちろんです。とは言っても、買い物をするのにこのショッピングモールは便利ですから」

 鷹槻の低めの声にも動じずに、蛇水はへらへらと笑いながら返す。こんなに人がいるところで何か始めるつもりはないはずだが、どうして急に現れたのかがわからない。鷹槻の言う通り、偶然かどうかも怪しい。

「帷のお嬢さんに挨拶させていただいても?」

「申し訳ないが、あなたの組との関係を築くつもりはない。こういった場合は直接組長にゴマをすりに行った方がいいでしょう」

「なるほど、助言感謝します」

 そう言う蛇水からは感謝の気持ちなど感じられない。怪しい笑みだけが印象に深く残る。

「そう言えば、そちらの虎鉄くんは、新鋭(しんえい)組に目をつけられているんでしょう?」

 蛇水の言葉に鷹槻の眉間のシワがさらに深くなった。新鋭組は帷組と敵対関係にある。この話は狐由貴(こゆき)の情報操作や新鋭組と鉢合わせないよう警戒を怠らない努力もあって、知っている人間はほとんどいない。だから、こいつが知っているということは……。

「そんなのがいると、まずいんじゃないですか?」

「あなたには関係の無いことだと思います」

「それもそうですね」

 純太の肩を叩き、蛇水は自分が来た方向に体を向けた。そのまま立ち去って行く。2人の背中が見えなくなるまで、俺たちはその場に立ちつくした。


 重い空気のまま俺たちを乗せて車は走り出した。鷹槻は狐由貴と連絡を取っているようだ。

「たぶん、あの2人は私たちが出かけるらことを知ってたんだと思う」

「なんで?」

「2人の生活圏内にあのモールはないんだよ。ここ数ヶ月であそこに行った記録もない、テンが調査したから間違いない」

 お嬢は車に設置してあるタブレットを開き、貂矢(てんや)の調査内容を確認した。それと同時に鷹槻が電話を切った。今日は珍しく後部座席に乗り、お嬢を真ん中に置いている。

「それに加えて新鋭組の情報です。これは少し、中を疑った方がいいでしょう」

「うん、私もそう思う。でも、タカ達のことは疑ってなんかいないからね」

「はい」

 お嬢も鷹槻も帷組内に情報を売った人間がいると考えているようだ。それか、鬼龍(きりゅう)組か蛇水組の人間が忍び込んでいるか。

「狐由貴が出入りした人間をまとめています。明日の朝には完了すると思います」

「ありがとう。あとでユキにもお礼言わなきゃ。学校どうしよっか」

「内部が洗い出せるまでは休んだ方がいいかと。乗り込んで来るとは考えにくいです」

「うん、そうだね」

 どうやら週明けから学校を休むことが決まったみたいだ。お嬢の顔を見てみると、少し蒼白い。表情は変わらないが、やはり精神的にくるものがあるのだろう。外にも中にもお嬢にとって危険だと感じるようになってしまっただからか。

ここまで読んでくださりありがとうございます

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