34話
「春代さんの死は、自害ってことになってる。組長がそう決めた」
「……じゃあ親と婆さんの死が、こんな天気の日だったから、お嬢にとってはトラウマだってことか?」
「まあ、そうなるのかもね。春代さん自体も雷みたいだったし。それを思うときっとお嬢は、あの日に帰っちゃうんだよ」
自分が、死を理解したのはいつだっただろうか。死を目の当たりにしたのは、いつだっただろうか。
そんなに厳しかった祖母が消え、お嬢は少しは救われたと安心したのだろうか。それとも、どれだけ苦しめられても、育ての親だと愛情を持っていたのだろうか。それを聞く機会なんて、きっとないけど。
「この世界は怖いね。自分が弱くて嫌になる」
2本目を吸い終えた犬太郎は、ジャケットを1度伸ばし、立ち上がった。話はもう終わりらしい。
「上の命令は絶対。本当に守りたいと思った、小さな女の子の役にも立てない。だからこそ、テンちゃん達が少し羨ましいよ」
なぜ羨ましいと感じるのか、正直いって理解が出来なかった。これまで聞いた、他の奴らの過去を思い出す。決して自慢のできる経歴ではなかった。普通の生活というのを知らない人間ばかりだ。そんな奴らを、どうして羨ましいと言えたのだろうか。
「他のみんなは、真っ直ぐにお嬢を助けに行くんだろうね」
そう言った犬太郎の横顔は、いつもよりだいぶ疲れているように見えた。
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「タカ、そこにいる?」
「はい、います。今、お嬢を抱きしめてますよ」
「本当?」
「はい。お嬢に嘘はつきません」
こんな嵐の日は、小夜の体が強ばる。感じるのは恐怖だけ。五感もずいぶんと鈍くなるように思える。
小夜の何度目かの問いかけに、鷹槻は変わらぬ答えを返した。膝に乗せて、毛布で包んだ小夜をもう一度抱きしめる。
「明日は晴れるそうですよ。それに、さっき鰐刀がてるてる坊主を作っていました。ご丁寧に顔まで描いて」
「そっか。後で見せてもらいたいな」
「喜んで見せてくれますよ」
鷹槻は、自分が情けなくて仕方がない。小夜がこうなってしまうのも、元を辿れば自分のせいだと強く実感していた。
強い者に従う。それがここで生きていく術。その思考が、自分の手を、足を止めた。ただ見守ることだけが、己の役目だと結論づけて、ずっと見ているだけ。
また、おおきな雷が落ちた。
震える小夜の耳に、鷹槻は自分の手を当てた。小夜の頭など簡単に潰してしまいそうな大きな手。出っ張った骨には、治療を放って置いたためにできた、深い傷あとが目立つ。
「音が聞こえる」
「きっと私の鼓動です」
「とても落ち着く」
嵐はじきに止む。そして何事もなかったかのように、陽気な太陽が顔をのぞかせるのだろう。しかし、小夜に平穏は訪れない。帷の名前を背負っている限り、いつまでも苦しくて窮屈なままだ。
鷹槻はそんな窮屈な場所を、少しでも広げられるように、小夜に尽くすだけ。
「……タカ、私もう、十分だよ」
「なら今がずっと続くように、尽力します」
小夜はゆっくりと目を閉じ、穏やかな呼吸を始める。用意していた布団に寝かせてから、そのすぐ横に座り直した。
ようやく眠りについた小夜の頭を、鷹槻はそっと撫でる。
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