31話
「うわー、ひでぇ雨」
先日から曇り空が続いていたが、今日は土砂降り。洗濯物が乾きにくくて仕方がない。秋も深まり、むしろ冬に近付いて来た頃、この時期の雨は冷たくて肌寒い。
「今日は外で待たなくていいですからね」
「うん。わかってるよ。虎鉄行こう」
「おー」
気圧の影響だろうか。お嬢の体調は最近良くない。鷹槻や熊井が細心の注意を払っているが、当の本人が気丈に振る舞うから厄介だ。
学内も湿気が強く感じる。あれから蛇水とは話していない。あまり姿を見かけなくなったのだ。学校に来ていないのか、偶然か。どちらでも構わないが、出来ればこのままおさらばしたい。
「うおっ! 今の結構近くね?」
「鳴り始めたのか」
雲が厚くなったと思ったら、雨に加えて雷まで鳴り始めた。三橋は大袈裟に肩をはね上げ驚いている。
「こりゃ今日も中練だな。あー、筋トレやだー」
「体作りは重要だって自分で言ってただろ」
「そうだけど、こう何日も筋トレじゃ嫌になるって」
「そうかよ。じゃ、俺は行くわ」
「おーまたなー」
そろそろお嬢の教室に向かわないと待たせてしまう。小等部はお嬢の迎えに行く俺の姿に慣れたのか、最初の頃よりも周りから視線を向けられる回数が減った。教室に着くのと同時に、お嬢のクラスでもHRが終わったようだ。
「お嬢? なんか顔色悪くね?」
「そうかな。あとは帰るだけだし、気にしないで」
そっか、と返事をしようとした時、近くで再び雷が落ちた。かなり大きい音で小等部の生徒がざわつく。
「びっくりした。結構でかかったな」
「……」
「お嬢?」
「帰ろっか」
一瞬、体が震えているように見えたけど、気のせいか?天気が悪いせいか迎えの車が普段よりも多い気がした。だいぶ早く来ていたのか鷹槻たちの車は、すでに正面に停まっていた。
「お嬢、帰りましょう」
「うん。ありがとう」
鷹槻を見た時、はっきりとお嬢が安心したような様子を見せた。何かあったんだろうか?何も言わないお嬢から汲み取るのはなかなか困難だ。
お嬢はいつものように家に着くと真っ先に部屋に戻ってしまう。少し足早に見えたのは気のせいだろうか。風が強くなって、吹き付ける雨粒が窓を叩き始めた。
「虎鉄! 雨戸閉めんの手伝って」
「ういー」
鰐刀から呼ばれて、縁側を歩く。基本は洋室のこの家も所々に和風建築が施されている。お嬢というか、前に住んでた組のお偉いさん趣味だろうな。
「おじょー大丈夫かな」
「なんで?」
「雷、鳴ってたじゃん」
鰐刀はしめきった雨戸を見つめた。つまり、お嬢は雷が苦手ということなのだろうか。
「がくちゃーん、熊ちゃんがご飯作り手伝ってだってさ」
「今いく!!」
鰐刀は犬太郎に呼ばれるとびゅーんという効果音がつきそうな勢いで駆け出した。犬太郎は珍しく室内で煙草を吸っている。
「煙草」
「ん?」
「いや、珍しいなと思って」
「今日は外雨だし、お嬢も部屋から出ないだろうしね」
「なんで?」
さっきの鰐刀と同じように聞く。また雷のせいだと言うのだろうか。
「雷が、というよりは、雷のような人がって言った方がいいかな」
「組長とか?」
「組長は雷じゃなく、波だろうね。雷は、その奥さん。お嬢の祖母だよ」
また近くで雷が鳴った。数日前から報道されていた通り、今日は10年に1度の大嵐だ。
「聞きたいなら話してあげるよ。まあ、ご飯でも食べながらさ。宿題してきな」
天気のせいか、犬太郎の顔色が悪く見える。決して明るい雰囲気ではないこの家が、いつもより暗く思えるのも、天気のせいだろうか。
お嬢は夕食の場にも姿を見せなかった。誰ときにすることなく、この空間の時間は流れる。しばらくすると鷹槻が現れ、お嬢と自分の分を受け取って食卓をあとにする。
「これって、よくあんの?」
「まあ、こんな日はね。お嬢だって、か弱い女の子なんだから、気持ちがまいる時だってあるさ。おっさんだって気持ちが弱るとお酒が飲みたくて」
「犬太郎さんはお酒が飲みたいだけでしょ? 今日はダメよ」
「あーん、俺の酒ぇ」
犬太郎が冷蔵庫からお酒を取りだした途端、狐由貴にすかさず奪われる。狐由貴曰く、ここ最近は酒を飲みすぎているらしい。健康にも気を使えと連日の飲酒は禁止されたようだ。
「気持ちがまいるって、婆さんのことで?」
「そうそう。ああ、話す約束だったね。聞く?」
「まぁ、うん」
お嬢の血縁者の話になると、みんなが暗い顔をするからあまり好きではない。でも、犬太郎はその中では1番へらへらとしている気がする。
食後のお茶を用意し、犬太郎は俺の前へと腰かけた。
「お嬢のばあちゃん、春代さんね。亡くなったのは知ってるでしょ?」
「ああ、墓参り行ったしな」
「春代さんはすごく厳しい人だったってのは、もう聞いたでしょ? 本当にその通りでね、お嬢は雷の日には決まって、春代さんを思い出すんだよ」
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