30話
「6番、なにをっ……」
主が下で呻いている。腹部から血を流して、すごく苦しそうだ。でも、この人が死なないと、また小夜さんに殺しの依頼が入っちゃうかもしれない。
「主、依頼主、教えて」
「お前、裏切るのか!!」
裏切る? 別にこの人とは何も約束をしてない。ただ、命令に従うことを強いられたからそうしていただけ。他にやりたいこともなかったし。だけどいまは小夜さんのためになることがしたい。だからそうするだけ。
「これ依頼書?」
主の机から、書類が何枚か出てきた。小夜さんの写真も数枚あったから間違いない。依頼主の名前もそこで手に入れる。
「許さんぞ6番! 必ず殺してやる!!」
「主にはできない。だって、ここで死ぬから」
「は……?」
ここに来る前、屋敷の至る所に爆弾を仕掛けてきた。爆発まであと5分もないぐらいだろうか。主の部屋を出ると、8番が立っていた。
「6番、ここ出ていく?」
「そうだよ。8番は?」
「僕は、7番のところに行きたい」
8番と7番は兄弟だった。7番が兄で、ある日8番を庇って死んだ。8番は7番のことが大好きだったから、寂しくて仕方がないんだと思う。
「6番が探してる依頼主、調べといたよ」
「ありがとう、8番」
8番との別れは少し寂しい。この組織の中で一番長く一緒にいたから。でも、8番は7番と会えるし、6番は小夜さんに会えた。だから大丈夫。
「ばいばい、8番」
「うん。ばいばい6番」
屋敷を出て数分後、まずは倉庫が燃えた。そこにはいろんなものが置いてあるから、すぐにほかの爆発に繋がる。屋敷の周りに人は住んでおらず、きっと燃えきったころに消防隊がやって来るだろう。
8番には、こうすることを告げていた。だから、こうして望んでいたものを用意してくれた。出来れば今日中に始末したい。暗殺を依頼していた組織が無くなれば、依頼主側も焦って下手な行動をするかもしれないし。
幸い、まだ夜は続く。闇に溶け込むのは得意中の得意。だから今日もきっと上手くいく。
「悪いが、お嬢は寝ている」
「そっか」
返り血に染まった服を見て、メガネの男は不満げに顔を歪ませる。
「どういうつもりだ」
「依頼主も組織も処理した、小夜に危害は加えられない」
「報酬が欲しいのか」
「報酬……。小夜のそばにいたい」
男は驚いていた。メガネの奥で目が大きく見開かれていたから。しばらくこの家を監視してわかったけど、たぶん小夜さんの次に偉いのはこの人。小夜さんの近くに一番いるのもこの人。この人がいなくなったら、小夜さんの一番になれるかな。
「タカ」
「お嬢、起こしてしまいましたか」
「ううん、気にしないで。6番、また来たんだね」
眠そうに目を擦りながら、小夜さんは男の後ろの部屋から出てきた。近くに寄ると、男が警戒したけど小夜さんがそれを止める。
「6番は、私と一緒にいたいの?」
「うん」
「じゃあ、護衛になってくれるんだね」
「うん。そのために頑張ってきた」
「そっか、偉いね」
小夜さんの手が、頭に触れた。優しく繰り返し撫でてくれる。返り血は頭にも飛んでいるから、小夜さんの手もきっと汚れてしまう。
「名前を考えなきゃね」
「名前?」
「うん。実はこの前会った時からキメてたんだ。貂矢、あなたは今日から貂矢だよ」
「てんや」
「そう。これはあなただけにあげる特別なものだからね」
初めて人から自分だけのものをもらった。口の中で繰り返し呟く。自分に馴染むように、それが誰にも奪われないように。
「貂矢、テンは今日から私の家族。お腹空いたでしょ? お風呂に入って一緒に夜食を食べよう。タカも一緒にね」
「わかりました」
「うん。小夜と一緒に食べる」
「お嬢を呼び捨てにするな」
鷹槻という男はあまり好きじゃない。小夜さんがよく頼るのも、そばに置くのも鷹槻だからだ。小夜さんの護衛になった時から、鷹槻にはいろんなことを教わった。だからお世話にはなったけど、貂矢は鷹槻が羨ましくて仕方がない。
鷹槻は貂矢よりも、小夜さんの好きなものをたくさん知ってる。小夜さんの嫌いなものをたくさん知ってる。貂矢は鷹槻を消したいけど、小夜さんがとても悲しむ。だから出来ない。でも、あいつならまだ大丈夫。
小夜さんがもういらないって、消えて欲しいって思ったら、貂矢は直ぐにあいつを、虎鉄を殺せる。
小夜さんの部屋の前に立って、意識を集中すれば小夜さんの寝息が聞こえてくる。今日もちゃんと眠れているみたいだ。
「お嬢、小夜さん、小夜……好き、好きだよ」
この世の何よりも、あなたが好きです。
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