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28話

狐由貴(こゆき)……」

「うひぁ!! ちょっと貂矢(てんや)ちゃん、驚かさないでよ」

「貂矢、普通に声かけただけ」

 寝ようとした時、少しだけやり残したことがあるとパソコンの光だけで過ごしていたのがあだとなった。もともと気配を消すのが上手く、闇に溶け込むこの男に気が付くのはなかなかに困難だ。

「まぁいいわ。で、どうしたの? あんたからあたしに話しかけるなんて珍しいじゃない」

 自分はこの男から嫌われてるとまではいかないが、好かれてはいないと感じていた。この男が好きだと思うのは、小夜ちゃんだけなのだろうが。

「貂矢あいつについて知りたい」

「あいつ?」

「お嬢を傷つけた奴」

「ああ、虎鉄ちゃんのことね、どうしてまた」

「貂矢はあいつが一番苦しむ方法を探したい」

 貂矢ちゃんは生粋の殺し屋。殺しを生業とする家に売られ、暗殺者として育てられ12歳の頃にはもう両手では足りない人数を殺してきた。

 その世界では優秀だと言われただろう。得意の隠密で、対象の趣味から一日のスケジュールまで全て把握し、依頼主の要望通りに殺す。足がつかないようそれは丁寧に仕事をする。

 だからきっと、虎鉄ちゃんのこともあっさり殺してしまうだろう。それこそ小夜ちゃんにバレないように密かに。だけど、そういった不可思議な死は逆に自分の仕業だと疑われかねないのだろう。

「殺しちゃダメって、言われたんじゃないの?」

「言われた。でも、いつかいいよって、殺してって言うかもしれない」

「小夜ちゃんがそんな子じゃないの知ってるでしょ?」

 今まで、何十人、何百人もの女性と接してきた。小夜ちゃんほど若い子はいないが、それなりの年齢層と対峙してきたはずだ。

 その中に、小夜ちゃんほど誠実で芯のある人はいなかった。あの子は今まで会ってきた誰よりも大人びていて、儚い。でも、誰よりも自分たちのことを想ってくれる、そんな優しい子だ。

 

 あたしは、自分のことは多く語らない。扉を硬く閉ざして、自分の中に入り込ませないよう必死になる。でも世の女性は、もっと教えて、もっと知りたいと扉の前に立ち、挙句の果てには縋り付く。なんでホストになったの? どうして私だけ見てくれないの? そんな日々がどこかで嫌だと気がついて、逃げようと思った時には逃げ場を見失っていた。

 薬に溺れて借金を抱えまくった母を助けるためにホストになり、持ち前の顔の良さと愛想で、いつしかトップに上り詰めた。母の借金を返し終わって、この仕事とはおさらばしようとそっぽを向いた時、しつこい女に捕まった。

 あたしのために彼と別れる。もうあたしだけが欲しい。そんなの知らない。あたしはあんたに興味はない。もう接客する必要もないから突き放せば、次に現れたのはどう見ても裏社会の人間。俺の女に手を出した? 知らない。ホストにのめり込んで、勝手に惚れたのはそっちだ。

 全部あたしのせいにされる。母は、あたしがいるから薬がないとやっていけないと言う。先輩はあたしがいるから1番になれないと言う。この女はあたしがいるから彼を愛せないと言う。そしてこの男はあたしがいるから女が逃げ出すと言う。もううんざりだった。

 そんなあたしを救いあげてくれたあの子は、あたしが話したくないことは聞かない。いまいる、ありのままのあたしを受け入れてくれる。あの子のそばほど居心地がいい所はないだろう。名前とともに与えられた新たな環境を手放せない。

 それはきっと、この男も同じなのだ。

「あたしは、小夜ちゃんから虎鉄ちゃんの情報を身内に伝えることは止められてない。だから情報提供はしてあげるわ」

 小夜ちゃんの嫌がることは絶対にしない。命をかけてそう宣言できる。貂矢ちゃんは特にね。それに、もし小夜ちゃんが虎鉄ちゃんの始末を命じた時、この家の誰もが虎鉄ちゃんの殺しに動くだろう。面倒をよく見ている鰐刀(がくと)ちゃんもそうだ。あたし達にとっては、お嬢が絶対であり、お嬢より優先するものなんてない。自分の命を投げ打ってでも、小夜ちゃんを守り抜く。その覚悟を持っている。

 音もなく消えた貂矢ちゃん。虎鉄ちゃんのデータを用意する時、貂矢ちゃんのことも気になった。彼がここに来たのは、あたしより少しあと。まだあたしが、この組に馴染む前だった。その頃からの記録も細かく残されている。

 記録を読み進めるまでもなく、あの夜のことは鮮明に思い出せた。

ここまで読んでくださりありがとうございます

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