23話
夕飯になるまで部屋から出なかった。事情を知らないであろう鰐刀が、俺を大声で呼んだ。あまり食欲はなかったが、しぶしぶ食卓へと向かう。
お嬢は一見、いつも通りに見えた。静かに食事をし、鰐刀や狐由貴の話を聞く。あの時はショックを受けていそうな感じがしたが、今はそんな雰囲気はなかった。
食事を終えると、お嬢から俺に声をかけてきた。
「虎鉄、ちょっといい?」
返事を聞かずに、お嬢は応接間の方に歩き出す。ゆっくりとその後ろについて行く。途中で鷹槻とすれ違ったが、何も言わずに俺とお嬢を見送った。
お嬢は、応接間に着いても椅子に腰かけることなく、俺の方に向き直った。
「誰といたの?」
「……蛇水」
「何をしてたの?」
「鬼龍組の話を聞いてた」
隠す必要はない。そう思って告げた。だが、どうしてもお嬢の顔が見られない。ガキのお守りはごめんだと告げた手前、気まずさを感じる。
「私、この件に関しては勝手なことはして欲しくない」
「知るか、んなこと」
「虎鉄に与えた仕事はそれじゃない。私の護衛だよ」
「……そんなの、鰐刀にでもやらせりゃいいんだ」
「私は虎鉄に命じたんだよ。わかったら、鬼龍と蛇水の動きがわかるまでは、大人しくしていて欲しい」
お嬢の目付きが少し鋭くなる。どうやら怒っているようだ。その様子に、なんだかこっちまで腹が立ってくる。俺は、自分の意思で蛇水の誘いに乗った。そうすれば、奴らの考えがわかり役に立てると思ったからだ。俺は野良犬じゃない。半端な奴でもない。蛇水に、鷹槻たちに、お嬢に……そう認めさせたかった。だから腹が立つ、ただのガキのくせに。自分じゃ身を守れないくせに。勝手に俺を、拾ったくせに。
「別に、俺がいなくてもどうでもいいだろ」
「え?」
面倒なんだ。こいつが作り上げた偽りの家族も。単なるおままごとだ。役を勝手に決めて、それを全うしろと押し付けて。あたまがぐちゃぐちゃになる。
「もともと俺はここにいたわけじゃないんだ。なら、出て行ったって変わんねえだろ」
何もかもどうでもいい。どうせ俺は誰にも認められない。親にすら、俺は認められない。ならもう俺もこいつも、みんな死んじまえばいい。消えちまえばいい。そうすれば、俺はようやく落ち着けるはずだ。
「くだらないガキのままごとはもういい。お前の勝手な自己防衛に、俺を巻き込むんじゃねえよ」
親もなく、祖父の愛も与えられず。寂しいから、孤独だからこいつは俺たちで自分の殻を厚くしようとしているんだ。剥がれたらきっと捨てられる。捨てられたくないからと、必死にもがくのは絶対に嫌だ。そんなみっともないことをするなら、俺は死んだ方がマシだと思う。
「どうせ、あんたは空っぽだよ。中身のない人形だ」
傍から見れば、俺は一方的にガキを責める大人気ない男だ。けど、今ここで吐き出さないと、俺は苦しくて息も出来なくなりそうだった。
「虎鉄……」
「それは俺の名前じゃない。それを貰ってから、俺は苦しくなるばかりだ。お前がいるせいで、俺は苦しくて仕方がない」
「私の、せい……?」
「そうだよ、全部お前のせいだ」
お嬢の顔が強ばった。胸の辺りで、ぎゅっと手を握りしめている。
「わかった……。じゃあもう護衛はいいから。うちの組も出て行っていいから、でも、どうか卒業までは頑張って欲しい。西才華を出たってだけで、社会的には有利になるから」
「野良犬に施しでもしたいのか? 自己満だろ」
「虎鉄を野良犬だなんて思ったことないよ、ただ、虎鉄のために……」
「俺のためって言うなら、さっさと俺の世界から消えてくれ」
そう言った次の瞬間、ハッとした顔をすると大きな声で叫んだ。
「テンっ! だめ!!」
その声に、黒い刃が目の前で止まる。いつの間にか、俺の首筋には小型のナイフが突き付けられていた。視線だけ動かせば、あの不気味な男がそこに立っている。今にも動き出して、俺の首をかき切りそうな雰囲気があった。
「テン、ナイフ下ろして」
「いやだ。こいつ、お嬢を傷つけた。だから殺す」
「私は傷ついてないよ、だからお願い、ナイフ下ろして」
サバイバルナイフとか言われるようなやつだろう。まだ刃は俺の肉に食いこんでいない。あまりにも危機的状況すぎて、俺の頭は冷静なままだ。
「でも、お嬢……」
「貂矢、下ろして」
「……はい」
貂矢は俺の首元からナイフをよける。お嬢の少し前に立ち、俺を睨んだまま動かない。応接間の扉は開けていたから、お嬢の声を聞いて鷹槻たちも集まってきた。
「タカ、虎鉄は護衛から外れる。面倒だけど、護衛のシフトを作ってもらえる?」
「もちろんです。すぐに調整します」
「みんな、うるさくしてごめん。もう遅いから、私は休むね」
「お嬢〜、部屋までついてったげる」
「貂矢も行く」
鰐刀と俺を残し、他のメンツはそれぞれ移動した。
「虎鉄、やめんの?」
「ああ」
「ほんとに?」
「しつけぇ」
ありえない。そんな表情になった。鰐刀は馬鹿みたいにお嬢を慕って、懐いて、従順な姿を見せる。俺にはそれが理解できない。
「なんでお前らは、あんなにお嬢に従えるのか、俺にはわかんねぇよ」
「ほかの奴は知らねーけど、俺様にはおじょーしかいねーから」
鰐刀は着いてこいよと言い、そのまま応接間を出る。何となく、何があるのか気になり、素直にあとへと続いた。
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