21話
夕食後、俺を含め7人の護衛はリビングに集まった。珍しく貂矢の姿もある。狐由貴が急いで集めたであろう資料をお嬢に手渡した。
「1週間ぐらい前みたいだわ。彼が転校してきたのは」
「そんな突然……」
蛇水は俺の隣のクラス、B組に入ったようだ。俺のように誰かの護衛でもなく、ただ単純にいち生徒として転校してきた。裏口入学でも使ってるんだろうか。
「一番手っ取り早いのは、本人から直接聞くことだけど」
「お嬢、それはおすすめ出来ません。鬼龍組が何を企てているのかわからない以上、不用意に近付かない方がいいです」
「うん、わかってるよタカ。テン、お願いしてもいいかな?」
「鬼龍組、探ればいい?」
「うん」
「わかった。貂矢、できる」
長い前髪の奥でニタリと笑みを見せる。偵察は貂矢の十八番らしい。
「ユキは変わらず身辺調査、ケンはサポートについて逐一報告をお願い」
「わかったわ」
「はいよ」
「クマとガクは護衛をお願い。何かあった時すぐ動けるようにね」
「はーい」
「任せろ!!」
「タカ、組長との連絡は任せてもいい?」
「もちろんです。本部の方から人を借りるかも検討しておきます」
お嬢はそれぞれにてきぱきと指示を出す。こういう状況に慣れているんだろうな。こんな時、お嬢が小学生であることを忘れてしまう。
「俺はどーすりゃいい」
「虎鉄はいつも通りでいいよ。ただ、蛇水さんとの接触があった時、勝手な行動はしないで欲しいの。まだ相手の考えが全くわからないから」
「へいへい」
いつも通り、ね。お嬢と学校行って、勉強して、迎えに行って、三橋と言葉を交わす。なんの身の危険も感じない、平凡な仕事だ。少しだけ、蚊帳の外にされたような、そんな感じがした。
「気をつけろ。お前の行動がお嬢を危険に晒すこともあるんだ」
「わかってる」
鷹槻に釘を刺されるまでもない。どうせ俺は、そんなことぐらいしか任せて貰えない。
下っ端、だからか。
それから数日。蛇水の姿を捉えることはあっても、向こうから話しかけてくる様子はなかった。あいつは俺と違って、普通に全ての授業を受けているし、休み時間も比較的複数人と過ごしている。特に警戒すべき点はない。
「八坂、なんか最近蛇水のこと気にしてんな」
「あ? 別に気にしてるわけじゃねーよ」
「ふーん。ま、あいつかっこいいしな。頭もいいし運動もできる。それに性格もいいときた。漫画の主人公かよ」
三橋は窓からグラウンドにいる八坂を眺め、ぶつぶつと語り出す。気にしてないって言ってんのに。
「そういえばこの前話しかけられてたよな、なんだったんだ?」
「なんでもねぇ」
三橋に答えた時、一瞬だけ蛇水と視線が合った気がした。瞬きをすれば、蛇水はもうこちらを見ていない。あざ笑うようなあの時の視線と重なる。外から視線を外し、蛇水の事など脳内から消し去った。俺から関わる必要は無い。奴の存在など忘れてしまおう。そう思った矢先の出来事だった。
「八坂くん、今から護衛かな」
「お前には関係ねぇだろ」
少し雨が降り始めてきた午後。お嬢の迎えに行こうとした時だった。教室の扉の前に、蛇水が立っていた。
「少し時間もらえる?」
「断る。あんたと関わるなって言われてるからな」
「情報提供してあげるって言っても?」
「は?」
「鬼龍が企てていることを教えてあげるよ」
着いてきて。そう言うと蛇水は廊下の先へと向かっていった。高等部まだ授業があるはずだが、蛇水は受けるつもりはないらしい。手元のスマホでお嬢に教室で待機するよう伝え、蛇水のあとを追った。
高等部の課外活動棟裏。部活動用の教室や部屋が入るこの棟には、この時間帯人が来ることは無い。どの教室も鍵がかかっているため、蛇水は外を選んだようだ。さっきよりも雨が強まってきた。数分であればすぐ乾く程度だが。
「で、なんだよ鬼龍の企てって」
余計な世間話はいらない。さっさと用事を済ませたくて話を急かした。
「鬼龍組はもうすぐなくなる。力を保持できずに、下の組に喰われるだろうね」
もともと統率の取れていなかった鬼龍傘下。蛇水がいなくなればすぐにでも滅亡してしまうだろう。
「うちの組長は、どこかの大きな組に入りたいみたいでさ。自分の傘下ごと、まとめて面倒見てもらおうとしてるんだ」
「その候補が、帷だって言いてぇのか」
「そうだよ。関東では怖いものなし。こっちの世界じゃホワイト。だからこそ世間的な正義執行者には目をつけられにくい。入るなら帷だろうね」
汚れ仕事をするのは、帷本人でないことが多い。あくまでも自分は手を汚さずに、築き上げてきた安全な道を選ぶ。それができるのは、力がある証拠だった。
「でも組長さんにはなかなか会えない。なら、その孫で跡継ぎ候補のお嬢さんにってね」
あのじいさんの前にお嬢に取り入ろうっていうのか。
「組織で1番歳下なのが僕でさ、前から帷のお嬢さんには興味があったからちょうどいいかなって」
「お嬢に近付いたら殺すぞ」
蛇水の胸倉を掴み、壁に押付けた。その拍子に肩にかけていた鞄が落ちる。蛇水は笑って俺の手に自身の手を乗せる。笑っているのに、その瞳は実につまらなそうだ。
「そう。だから面白くない。魅力的な彼女の近くに、君みたいな野良犬がいるのが」
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