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2話

「お嬢、その拾いグセ何とかしてください」

「でも、見捨てられないから」

 黒塗りの車内。スモークガラスのため外からは中の様子が見えない。広い後部座席では、小学生の少女とスーツを着た男性が並んで座っていた。

「もしかしたら、すぐに出て行くかもしれないし」

「はぁ……。とりあえず、狐由貴(こゆき)に調べさせます」

「ありがとうタカ」

 前方の助手席には、先程拾われた虎鉄が眠っていた。運転席の大柄な男が運び込み、そのまま車を走らせている。車が向かうのは、この地域で権力を持った組織。帷組の邸宅である。



 ・


 飛び起きるように目が覚めた。

 しかし、すぐに体の痛みを感じ、中途半端に起こした体を横たえる。

 背中に感じるのはふかふかの布団。白塗りの天井が眼前に拡がる。昨日の最後の記憶は、お嬢と呼ばれた少女と大柄な男に抱えられたこと。どうやら俺は、助かったらしい。

 ぼーっと天井を眺めていると、ガチャりとドアが開いた。そこから入ってきたのは、白衣を着た中年の男。見た目からして医者なのだろうだろ。

「お? もう起きたのか? いやー若いっていいね。回復が早い」

 カラカラの喉のせいで声が出なかった。しかし、医者は気にするまでもなくテキパキと怪我の様子を確認し始める。

「うん。解熱剤も効いてるね。骨は徐々に治るだろうし、君ぐらいの体力ならすぐに起き上がれるようになると思うよ。じゃあお嬢さんを呼んでこようかな」

 解熱剤……。まぁあんだけ殴られれば熱も出るか。医者が立ち去ったドアを眺め、改めて見える範囲で部屋を見渡す。ごく普通の部屋だ。

 小さなタンスに、机と回転椅子。生活を送る部屋というよりは、医務室のようなものだろうか。ボロボロの畳と、壊れかけの窓があった自室とは大違いだ。

 数分して、再びドアが開く。入ってきたのは、肩下あたりまでの黒髪を下ろした、小さな少女。真っ黒で大きな瞳が安心したように揺れる。

「目が覚めたんだね。あ、お水いる?」

 医者よりも気が利く少女は、後ろに控えていた大柄な男に目配せをして水を用意する。かろうじて動く左手でコップを受け取り、付けられていたストローから水を吸い上げ喉を潤す。ただの水なのに生き返るような心地がした。

「クマ、厨房でご飯の用意頼んでくれる?」

「でもお嬢が1人になっちゃう」

「大丈夫。ほら、彼もこんなに怪我してるから動けないよ」

「うーん。わかった、僕すぐ戻るね」

 熊? 確かに熊っぽいな。大きくてのんびりした様子に、既視感を覚える。ドアが閉められると、お嬢と呼ばれた少女は俺の方に向き直る。

「はじめまして、帷小夜(とばりさよ)です。昨日あなたを助けました。よろしく」

「……おう」

 (とばり)。聞いたことがある。関東圏を牛耳っていると噂されるほどの実力集団だ。まあ、いわゆるヤクザってやつ。

 ヤクザは、他者から金を巻き上げたり、ルールに縛られず好き勝手どんぱちしたり、なんてイメージがあるかもしれないが、それはひと昔前のこと。現在のヤクザの生業は、警察と似ている。警察は表立っては犯罪の取り締まり、地域の安全に勤しむ。だがヤクザは違う。政府やお偉いさんから依頼されれば殺しまでやるプロフェッショナルだ。裏の人間は裏の人間が始末する。そういった動向は、世の中の一般市民には知りえない。

 そんな物騒な所に、この少女はいるというのだ。

「私は現組長の孫で、いちおう跡取りなの。ここは帷組の別邸で私の拠点でもある。起き上がれるようになったら案内するね」

 ちらりとも笑みを見せないガキは、淡々と状況を伝える。俺が拾われたのは昨夜で今は昼過ぎ。何日も眠っていたような感覚だったが、そんなことはないらしい。

「あなたは生きることを選んでここにいる。そこで、次の選択肢を与えます。1つ私のために働くこと、2つここを出て今までの生活に戻る」

「お前のために働く?」

「そう、護衛として」

 なんで俺がこんなガキの護衛なんか。そう思って口を開きかけた時、少女はまた淡々と説明を続ける。

「情報によると、あなたは新鋭(しんえい)組に手を出した。依頼人はもう殺されてる。そして新鋭組は私たち帷組と長年敵対してるの。つまり、帷組に一度でも保護されたあなたがふらふらと歩いてたらまた同じ目にあう。ううん、次はきっともっと酷い目にあう」

 だからここにいた方が安全だってか?

「もちろん、働いてくれるならお給料も出るし、衣食住も保証される。組員はみんなここに住んでるから」

 それは少し魅力的だ。金ももらえて、あのボロ屋に住まなくて済む。何より飯があるのがありがたい。

「すぐに結論を出す必要は無いよ。とにかく怪我を治して」

 それを告げて、少女は背を向けた。同時にさっきの熊が現れる。

「なあ」

 去って行く背中に声をかけた。髪を揺らし、少女がこちらを振り返る。

「俺の名前、聞かねえのか」

「必要ないから。ご飯、後でちゃんと食べてね」

 冷たく突き放すような声。だが少女の顔は先程から1ミリも変わっていない。少女はそのまま、熊に促されて部屋を出た。

ここまで読んでくださりありがとうございます

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